豊かさと幸福度が比例するか、幸せはお金で買えるかについて多くが論じられている。自由市場経済を万能とは認めない人々は両者の不一致を示す事実に着目する傾向がある。このため「イースタリンの逆説」が引き合いに出されることが多い。

 1970年代、米国の経済学者のイースタリン(Richard Easterlin)が「第2次世界大戦後に急速な経済発展を遂げた日本における生活に対する満足度は、低下している」という調査結果を基に「経済成長だけでは国民の幸せは量れない」という「イースタリンの逆説」を提唱した。所得水準と生活満足度(well-being)はある時点の一国内ではゆるく相関しているが、時間を超えた2時点や地域を越えた2地点ではほとんど相関がないとするものである。

 ところが最近は所得と生活満足度あるいは幸福度には相関があるとする論文がときどき欧米有力経済誌に紹介されるようになってきた(ニューヨーク・タイムズ紙2008年4月16日、The Economist 2010年12月18日)。

 当図録としても無関心ではいられないので、2005年前後をとり、幸福度を調査している世界価値観調査の結果と1人当たりGDP(購買力平価PPP換算のドル表示)データで相関図を描いてみた。

 世界価値観調査は、世界数十カ国の大学・研究機関の研究グループが参加し、共通の調査票で各国国民の意識を調べ相互に比較している国際調査であり、 1981年から、また1990年からは5年ごとに行われている。各国毎に全国の18歳以上の男女1,000〜2,000サンプル程度の回収を基本とした個人単位の意識調査である。この調査による幸福度ランキングは図録9480で示した。

 相関度をあらわすR2値は0.3071であり、ゆるい相関が認められる。

 しかし、相関図を見て、より印象的なのは、所得水準の高い国では幸福度がある一定水準以上に収斂している(不幸と感じている者はそれほど多くない傾向がある)のに対して、所得水準の低い国では、幸福度に大きなばらつきが認められる点である。比較的所得水準の低いインドネシア、ベトナム、タイ、マレーシアといった東南アジアの諸国は幸福度90%以上であり、所得水準からはこれらの国々を圧倒して高い米国の幸福度とそれほどの違いはないが、他方、これら東南アジアの国と所得面ではそれほど違いがないイラク、ザンビア、ルーマニア、モルドバでは幸福度が50%台と非常に低くなっているのである。

 こうした相関パターンは「片相関」として理解できるように思う。2010年発刊の「統計データはおもしろい!」では「第9章 片相関」に2つの事例を掲げた(同書目次参照、図録1548、図録3001)が、この図録もそれに当たると考えられる。

 所得水準が高まれば不幸と感じる人の割合が大いに減じるということから、幸せはお金で買えるといえるが、だからといって所得水準の低い国で不幸な者が多いとは限らないのである。お金持ちでも不幸かも知れないよ、という貧乏人の慰めは、事実に反するが、貧乏でも幸せに暮らそうという態度は十分な合理性を持っているといえよう。

 また、経済成長が重要なのは幸福を増すからというより、不幸を減じるからであるということが分かる。貧しさを経験した者にはこのことは自明なことだと思われる。“漢江の奇跡”と呼ばれた韓国の高度経済成長を描いた韓国テレビドラマ「英雄時代」(2004年MBC)の中で、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が料亭で自分と同じ貧困家庭の出身の現代(ヒュンダイ)財閥の創始者に語った言葉に「 私は生理的に金持ちが嫌いだ。だが、貧しさはさらに嫌いだ。」(第40話)がある。金持ちになりたいから経済成長を実現したいのではなく、貧困からの脱却のためそれが必要なのだという宣言である。1961年の軍事クーデターの結果生まれた朴正熙政権は途上国において経済成長を民主的ではなく強権的に図る開発独裁の代表例であり、当時韓国の民主化勢力はこれに強く反撥したが、新聞に比べ反権力で知られる韓国のテレビ界も高度経済成長を達成した後から振り返って朴正熙政権にプラスの歴史的評価を与えているのである。先の言葉に続けて朴大統領にこう語らせている。「この国はまだ目覚めて いない。国民は空腹を宿命と考えている。(中略)哀れなこの国を誰かが救わねば。 だから決起した。(中略)我々は北のアカどもより5年も遅れをとっている。アメリカ のトウモロコシがなければ国民は飢え死にする。」かくして韓国は北朝鮮を追い抜き、驚異的な経済成長を達成したのである(図録8903参照)。

 先進国においては経済成長と所得再配分のどちらが優先されるべきかという議論の中で幸福と所得の非相関が主張されるが、途上国側からはこれを途上国に当てはめられても迷惑だという意見の食い違いが生じる。片相関は相関ありと相関なしの同時存在なのでこうした混乱が生じるのだと思われる。

 相関図からは所得水準の割に幸せ度の高い国として、上述の東南アジア諸国のほか、ニュージーランド、スウェーデンなどをあげることができる。逆に、所得水準の割に幸福度が低い国としては、ロシア、スロベニア、ドイツ、香港などをあげることができる。日本は平均的な位置のややドイツよりといったところである。

 同じアジアでも、東南アジア諸国とは対照的に、日本、韓国、香港、台湾など東アジア儒教圏では、所得の割に幸福度が低い点が共通している(韓国はこの時点では1次回帰線より上でありまだやや幸福度が相対的に高いが)。これには、儒教国特有の要因として、男の社会的責任が強調され過ぎて男性の幸福度が女性と比較して低いという側面(図録9484参照)や「文」の尊重からマイナス面を強調するマスコミの儒学的報道の影響で実際の状況よりも幸福感を感じにくいという側面(図録3963参照)などが働いていると思われる。

 英エコノミスト誌は原資料は異なるが「幸福の地理学」という表題でこの図録と同様の相関図を掲載しており、相関の有無もさることながらそれからの乖離に読者の興味を集めている。「豊かな国ほど幸福であることは明解だが、相関は完全でなく、文化的な要因など他の要因が働いていることを示している。西欧と北米の諸国は一団をなしているが驚異的に悲観的であるポルトガルのような例外も存在している。(中略)ラテンアメリカ諸国は陽気であり、旧ソ連諸国は劇的に悲惨である。そして、1人当たりの所得との相対比で世界で最も悲しい所はブルガリアである。」(The Economist December 18th 2010)ポルトガルは上の図には非掲載であるが、ドイツがそれに当たるであろう。ラテンアメリカ諸国としてはブラジルやメキシコ、アルゼンチンなどが当てはまるであろう。旧ソ連諸国としてはロシア、モルドバがこれに当たる。さらに上図ではブルガリアだけでなく、ルーマニア、イラク、ザンビアなども「最も悲しい国」である。

 図で取り上げている55カ国を幸福度の高い順に列挙すると、ニュージーランド、ノルウェー、スウェーデン、カナダ、マレーシア、オランダ、スイス、英国、米国、タイ、インドネシア、フィンランド、スペイン、オーストラリア、ベトナム、メキシコ、ブラジル、フランス、イタリア、ポーランド、アルゼンチン、韓国、日本、キプロス、ヨルダン、コロンビア、トリニダードトバゴ、トルコ、ウルグアイ、ルワンダ、香港、エジプト、マリ、ドイツ、モロッコ、スロベニア、ブルキナファソ、チリ、イラン、グアテマラ、ガーナ、南アフリカ、中国、インド、ウクライナ、ペルー、グルジア、ロシア、エチオピア、セルビア、ブルガリア、ルーマニア、イラク、ザンビア、モルドバである。

(2011年1月4日収録、1月5日韓国事例・英エコノミスト誌引用追加、2013年10月20日台湾追加、東アジア儒教圏の特徴コメント追加)


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