・私の専門である日本中世史の研究論文を作成するための手順をご紹介します。あくまでも私なりのやりかたであり、
もっと優れたやりかたがあると思いますので、一つの参考例ととらえてください。
・これは、今までの自分なりの工夫と、主に地方史編纂時にご一緒した大学の先生方から学び取った手法などを組み
合わせたものです。
1 まずは専門書が理解できるようになるための読解力をつける
著名な中央公論新社の『日本の歴史』(全26巻)などの概説書を読む。その上のレベル、例えば『岩波講座 日本歴
史』(岩波書店、戦後4期刊行)所収の諸論文(引用註あり)は、概説書とはだいぶ大きな格差があるのですが、ここで
あきらめては先に進めません。1度目は「チンプンカンプン」でも、不思議なもので2度目、3度目と繰り返し読むと、わか
る部分がふえてきます。もちろん論文の中には難しい用語が出てくるので、最初はいちいち辞典、辞書にあたって丹念
に理解していくことが必要です。この作業は、読めば読むほど軽くて済むようになります。
2 テーマを絞り、先行論文を集め、要点をまとめる
こうした作業の中で、興味がひかれるテーマが見つかるはずです。そうしたら、その問題について、これまでどのような
論文が出ているかを調べ、それらを収集します。最近では研究史を扱った本も多く出ているし、網羅的な文献目録もあ
るので、これらにあたってピックアップしていきます。例えば東京大学史学会が出している『史学雑誌』(月刊)の毎年5月
号(実際は6月末頃に刊行)は、「回顧と展望」という題で、前年1年間に出た注目論文が紹介されているので、これを参
考にするのもよいと思います。
論文を読むと注目すべき指摘があり、その引用註としてあがっている論文または史料に、次々とあたっていく、というやり
かたで問題点を絞っていきます。 私の場合、参考とする論文は、B6のいわゆる「京大式カード」にポイントをまとめていき、
これをどんどんファイルに綴じていきます。
3 史料読解能力をつける
論文の著者が言っていることの最終的根拠は、史料であるはずです。なかには同じ史料を用いて全く異なる見解が主張さ
れていることがあります。こうした場合、やはり自分自身でその史料にあたる必要が出てきます。
まことに幸いなことに?中世の場合、かなりの史料が既に活字化されています。ですから、まずこれが読めなければなりま
せん。論文によっては、返り点などがついているものもありますが、一般的には白文のままです。これを正確に読めるよう
になることが必要です。
そしてもちろん、できれば古文書自体が読めるにこしたことはありません。活字化されていないものもあるし、なかには史料
集(刊本)によって読みの異なるものもあります。そうした場合、やはり自分でその文書(ほとんどの場合、写真版)にあたら
なければなりません。
※最近は写真版の載った史料集も多く刊行されています。また多くの文書の写真、影写本は東京大学史料編纂所にあります。手続きはやや大変ですが、
ここに通えば大半のものは見ることができます(同所のHPにアクセスすると、ウェブ上で一部文書写真が閲覧できます)。あるいは地方の史料館、文書
館などにもあたってみる必要があるでしょう。
4 関係史料を集める
私の場合、必要な史料はB6カードに書き写し(こうしたほうが読みの力がつく。でも正直、最近はコピーを貼ってしまうこと
も・汗)、編年順に並べていきます。これもファイルに綴じていきます。
5 自分なりの分析を行う
先行論文、関係史料が揃ったところで、主に史料に則した検討を行い、その過程をやはりB6カードにまとめていき、同じフ
ァイルに綴じます。もちろん検討の途中で、新たに見つかった論文や史料については、その都度追加調査を行います。
※この史料というのは古文書の他、日記、(『吾妻鏡』のような)歴史書、文学作品などさまざまなものが考えられます。あるテーマについて調べるための史料
にはどのようなものがあるか、こうした書誌学的情報は、先行論文などから学び取ったり、自分で地道に調べていかなければなりません。また、その史料が
証拠として使用できるのか?という「史料批判」の力を身につける必要もあります。一番信頼できる古文書も、偽(あるいは疑)文書の場合があるので、注意し
なければなりません。
※論文については、『日本歴史』や『日本史研究』のような有名な雑誌は、地元の図書館(県立クラス)にバックナンバーがある場合が多いのですが、大学の雑誌
などはなかなかありません。そのような場合は、国会図書館のコピーサービスを利用することをお勧めします。その方法については、地元の図書館に尋ねれば
教えてくれるはずです。また最近、一部の論文についてはウェブ上で見ることができるようになっています。
6 現地に行ってみる
これが意外と重要なのですが、現地調査を行うと(もちろん行論上、必要な場合もあるし、そうでなくても)少なくとも間接的に
でも、より実感をもって分析を進めることができるのです。
7 論文の下書きを作成する
まず大まかな構成案を考えます。同じ素材でも、どのように配置するかによって、読み手を説得させる効果が大きく異なって
きます。
「はじめに」から書くと、本論を書いているうちに「はじめに」で示したポイントからずれていってしまう場合があります。そこで
あえて本論から書き始め、「おわりに」も書いた後、最後にそれらをうけて「はじめに」を書くとよいと思います。こうすれば、は
じめに示した課題とぴったりあった論が展開されることになります。
「おわりに」のところは、本論での検討を要約してまとめて終わり、というのが多いと思いますが、個人的にはそれだけでは
ちょっと面白くない(芸がない)と思っています。何か今後の研究の進展につながるような新しい主張を1つは盛り込むように
しています。
あくまでも私の場合ですが、B5のレポート用紙に鉛筆で書き、1頁目の裏に2頁目の本文の註を書くようにしています。せこい
感じですが、これが一番書きやすいのです。いきなりパソコン入力という人もいるでしょうが、じっくり考えながら書き進めるた
めに、私はあくまでも下書きは手書きで作成します。
※なお、このあたりの段階で、可能であればゼミや研究会などで発表し、他の学生や研究者の方々からの批判をうけておくとよいでしょう。
8 清書
下書きが完成したら、あらためてパソコンへ入力し、清書とします。
9 クールダウンと推敲
あえて少し日数をおき、あらためて清書したものを読み返します。クールダウンして、改めて冷静に自分の原稿を見直してみ
ると、字句の誤りはもちろん、「これは言い過ぎでは?」と思うような内容上の問題にも気づくことが少なくありません。そのあ
たりを修正して、完成です。
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