螺旋と、縄文の登場
多重化された世界をひとつに結びつけるのが螺旋説だが、このことが縄文土器の標
準ともいえる縄文≠うむ原因となる。
縄文にはいくつかの方法があるが、直感的にわかるのは棒に縄をまきつけたものだ
ろう。おもしろいことに、螺旋状隆起線文土器をつくっているのは九州であり、トンネル
説を表現しつつ縄文という文様を成立させたのは東日本なのである。このことから、ほ
ぼおなじような価値観を持ちつつ、微妙な考えの違いがあることが伺える。
もうひとつ興味深いのは、縄文時代は全期間を通じてだいたい輪積み法によって土
器がつくられることで、文様の方は螺旋説を表現する。あたらしく螺旋説が登場したの
だから、螺旋法に移行してもよさそうなものだが、そうしない。輪積み法で世界の多重
性を表現しながら、螺旋法によって世界のつながりかたを教える。ふるくても意味のな
いものとして切り捨てるようなことしていないのである。双極の世界観では、あたりまえ
のことなのかも知れない。
(図解・日本の人類遺跡 57p 東京大学出版会より一部加工)
図解・日本の人類遺跡では、縄文には右撚(よ)りと左撚り、撚り合わせの仕方で、1
段・2段などの変化があることを指摘し、また施文体を押し付けて施文する場合と、施
文体をころがして施文する方法があるという。もともと紐ないし縄が、素材を撚り合わ
せてつくったものであり、それをさらに撚り合わせて1段の縄、さらに撚り合わせて2段
の縄をつくるという重層構造になっており、世界の多重性を表現するのにふさわしいと
考えられているのだろう。
右撚りでも左撚りでもおなじだが、1段の縄の場合、螺旋がふたつ組合わさったよう
な状態となり、AとBが交互にあらわれる。Aを昼、Bを夜とするなら、昼夜昼夜………
…昼夜の連続となる。
この時点で季節という考え方があったかどうか判然としないが、アイヌのとらえ方は
夏と冬であり、春夏秋冬の四季ではない。これは弥生・古墳時代編でも説明した通りで
ある。一方、旧石器時代編で秋にサケを獲るようになったことも指摘しておいた。秋に
なれば果実がなり、動物たちは冬ごもりの準備に入る。おそらく、ここが冬のはじまり
であり、雪がとけて草木が芽吹くのが夏のはじまり、ということなのだろう。昼と夜を表
現した1段の縄を、さらに撚って2段にすれば、夏と冬が表現できる。夏冬夏冬………
…夏冬の連続となる。
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仮にそうであるならば、空間と時間を別なものとして認識している可能性がある。輪
積み法により、多重化された空間を表現しているのなら、あたらしい螺旋法に移行す
るようなことはおきない。縄文(螺旋)は時間表現であって、空間表現ではないからで
ある。別のいい方をすれば、ここで空間と時間が分離したということである。
逆にいうなら、これ以前は世界を混然ととらえていたことを意味する。世界が、空間と
時間とに分離して、違うものとして理解されるようになる。この原因のひとつが前述した
ように、順(シーケンス)の発見にあることは間違いないだろう。数を数えることや物語
りには、時間の経過が必要だからである。もちろん、ここでいう空間や時間の概念は、
現代とは違う。定義が異なる。だが、これらのことばをつかわない限り、表現の方法が
ないのも事実である。
まとめると、
@ 旧石器時代あるいはそれ以前に、ことばの発見と火の発明をおこなっていて、
原初的な時間の観念が成立する。
A 太陽信仰することで、順の発見や連続体としてものごとをとらえるようになる。
B 現象を時間の変化(AとBの繰り返し)と理解するようになる。
といったプロセスが存在するようだ。
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