比較文化史の試み 245


  北極星と遊動から定住への変化

  中心点としての、動かない北極星の発見は、生活そのものに劇的な変化をもたらす
 ことになる。旧石器時代の行動様式は、遊動と移動の繰り返しだった。ところが、北極
 星の発見は、運動と静止を再発見させることになる。世界がそのように機能し、つくら
 れていると理解すれば、人間もそのように行動しなければならない。遊動と移動では、
 運動に偏る。静止がなければ、ならない。

遊動と移動のモデル図

  やがて中心点から出発し、中心点にもどってくるようになる。遊動から定住へのモデ
 ル図では、中心点をずらして表現してある。これは時間の経過と考えてもらいたい。空
 間動の移動ではない。中心点がひとつになり、それぞれの遊動域が重なってくる。この
 中心点が静止である。もちろん、空間と時間の概念が分離したことも関係している。前
 出の葦牙(タケノコ)は空間構造であり、渦巻きが時間構造である。

遊動から定住へのモデル図

  アイヌの生活様式を見ると、男性が狩猟にいき女性と子供が家にいる、というパター
 ンをもっており、これは他の民族にも観察できるものである。ところがよくよく調べてみ
 ると、子供は水汲みにいったり、女性は山菜やナッツ類、貝などの採集をおこなってい
 て、必ずしも家にいるとはいえない。要は程度の違いであり、一日に戻れる範囲で行
 動していて、狩猟の場合は、数日ないし数週間を要する範囲を移動する。

  この中心点が家になるのだが、先に家が成立するのではない。中心点が成立したあ
 とで、家を造るようになる。逆にいえば、手間暇かけて家を造っても、遊動と移動の生
 活をしていると家を捨てなければならない。どうせ捨てるものなら、簡単に使い捨てに
 できるようにつくる。アイヌは狩猟に出かけた先で、雨露をしのぐための簡易な小屋を
 つくることがある。これは狩猟小屋であって、家とはいえないだろう。概念的に異なるも
 のである。

  旧石器時代に家らしきものをつくっていたことは、前に説明した。また、サケ・マス漁
 をするようになったことも指摘しておいた。土器は移動に不便なものである。これらが
 定住を促すことは間違いないが、決定的な要因ではない。北極星の発見こそ、思想的
 な背景になっており、このことは信仰としての狩りからの脱却を意味する。

  旧石器時代の社会は狩りに依存していた。狩猟を行うことによって社会が形成され
 ていた。ナウマン象やマンモス、オオツノジカなどの大型動物の絶滅は、社会に深刻な
 影響を与えただろうことは容易に推定できる。北極星は、こういった不安定要因をもた
 ない。中心になる星は少しづつずれ別の星が北極星になることはあるが、北極星その
 ものはつねに存在する。このことが劇的変化をもたらす。定住化が進むだけでなく、社
 会を形作っている概念そのものが変容し、バンド社会から移行していく。このことは後
 述しよう。

  隆起線文土器のなかに縄文が施されるようになったことは、前に述べたが、隆起線
 文系土器群と平行しながら登場し、爪形文系土器群がつくられなくなったあとも存続す
 る土器型式群がある。多縄文系土器群(たじょうもんけいどきぐん)といい、縄文を本
 格的に使用する最初の土器群であり、縄文時代の基調が成立する。

(土器の造形 21p 東京国立博物館)

  余談だが、この時代の指標として亀ヶ岡式などといった土器型式名がつかわれない
 のは、明確な地域差がでていないためであり、地域差を表現するようになるのは彼我
 との関係において、違いが意識されるようになってからになる。奇妙な表現になるが、
 赤の他人なら、違いを強調する必要がない。そもそも問題外なのである。これは同時
 に、以降では地域差が明確に意識される社会が出現したということを意味する。ある
 地域の中心点が存在することによって、地域差が生じるようになる。それが成立する
 前だからこそ、地域性が存在しないのである。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その19


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最終更新日2007年5月22日