上野原遺跡の壺
上野原遺跡では、壺様の土器も発掘された。縄文の壺と呼ばれることも多いが、少
し不審な点がないわけではない。一般的に縄文時代では、フラスコ状の穴をつくって
ドングリなどの堅果類を保存する。もうひとつは、この時代では器種が未分化であり、
用途別の土器をつくっていないことにある。すくなくとも、壺と限定するには根拠が薄い
ような感じがする。

(土器の造形 24p 東京国立博物館)
もうひとつは写真写りの関係できれいな面を正面にしているのだが、それでも黒い煤
(すす)がわずかに付着していることを観察できるだろう。裏は、多くの煤がついていて
かなり黒い。須恵器(すえき)は900度以上で焼成するが、これに比べれば縄文土器
の焼成温度ははるかに低い。とはいうものの煮炊きする温度とは格段に違う。煤は有
機物が不完全燃焼するときにでる炭素の微粒子のことで、高い温度を得るには完全
燃焼をさせる必要があり、そのときには煤はでない。
つまり、この壺様土器はなんどか低い温度で焼かれている。だから煤が付着してい
るのである。壺を火にかけることはしないだろう。すなわち煮炊きにつかわれた痕跡が
あるが、壺としてつかわれた積極的な証拠はない。もちろん、機能分化をしていないか
ら、壺のようにつかわれたこともあったろう。ただ、その意味では他の土器でもおなじ
で、物をためるという性質は本来備わっているものである。
壺は時間の経過に対抗する手段であり、時間によって失われることを前提にする。
イノシシやシカ、あるいはサケ、タケノコなどのように毎年再生される世界観では、2年
後あるいは3年後のために保存しておこう、などといった発想は生じない。繰り返しの
世界が断絶したときに、保存という考え方が要請されるのであって、この逆ではない。
ただ、肉を乾燥させたり、発酵させたりして保存食をつくることはある。これは自然に
学ぶという基調があり、動的行為としての保存とは異なる。極端な例は貨幣だろう。価
値を保存するために、貨幣と交換する。おなじように穀物を蓄える。その容器が壺な
のであって、器形は結果であり、副次的なものにすぎない。
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ちょっとわかりずらいかも知れないが、この土器の口縁部には双極文様が施されて
いて、前出の耳飾りとおなじである。

双極文様という装飾で世界観を表現できれば、器形が尖底である必要はない。

尖底土器とともに平底の貝殻文沈線文系土器が存在するのは、尖底土器からの脱
却がはじまっていることを意味する。抽象化され、文様として完成することにより、器形
から抜き取られる。このことは空間と時間を別々のものとして理解していることが前提
にある。これは後述しよう。
この壺様土器の口縁部は隅丸方形であり、胴は球状ないし円形となっていて、全体
として直線と曲線を折衷させていることがわかる。対の構造である。

(同上 24p)
さらに尖底土器文化期では、ぽつぽつと土偶が出現するようになる。

(発掘 上野原遺跡 40p 南日本新聞社)

前述のように宇摩志阿斯訶備比古遅神(うましあしかびひこじのかみ)の宇摩志(う
まし)は穴のことであり、阿斯訶備(あしかび)は渦巻き、比古遅(ひこじ)とは棒のこと
である。人間でいえば、宇摩志は女性器、比古遅は男性器を連想するだろう。この世
界観の成立と、性の発見は同時期におきる。
初期の土偶には、顔がなく母体だけを表現し、性という抽象概念が成立したことを端
的に示す。これは土器や土偶が女性によってつくられていることに関連する。ちなみに
男は木を切り出して竪穴住居の柱を立てる。丸木舟をつくるのも男の仕事である。当
時の価値観からすれば、そうなる。中心点として動かない家は女が担い、遊動する道
具としての丸木舟は男がつかう。
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