土偶と性の発見
顔のない土偶の出現は、社会が変質しはじめたことを示す。
性の発見は男性と女性、すなわち結婚を再認識させることになる。このことによって
他者の枠組みが変質することは否めない。さらに子供という中間的存在によって補強
される。要は、どこから他者なのかという問題であり、何をもって身内にするかという定
義である。このことが部族集団として日本人を分割し、社会を再構築させていく。
ちなみに性の発見によって、アケビやキノコを食べることも正当とみなされるようにな
ったらしい。それぞれ女性器・男性器を彷彿とさせる形状をもっており、月と鼈(すっぽ
ん)とおなじ理屈である。つまり、類型としてパターン認識している。
隆起線文土器文化期、尖底土器文化期に見られたような広範囲の文化圏は成立し
なくなり、細分化された文化が独自性を主張するようになっていくのである。これはつ
ぎの立体装飾文化期で説明することになるが、尖底土器文化期に出現するのは、い
くつかの竪穴住居があつまった小集落である。ここでも南九州のありようは先駆的存
在だとはいえるだろう。

(発掘 上野原遺跡 7p 南日本新聞社)
上野原遺跡では、二本の道路を挟んでそれぞれ竪穴住居が配置されているように
思える。これらすべてが同時期に存在したものかどうかは判然としないが、道路をつく
る以上、綿密な計画をもって造営されたものと判断できる。そして、おそらく計画の基
準となったものが道路なのだろう。上野原遺跡の遺構配置図だけをみるとあまり違和
感を感じないが、縄文時代の集落形態は中央に墓地をもつ環状集落であり、墓地を
基準とする。このことは集落の造営計画に決定的な違いがあるということであり、何を
軸にするかという思想の反映でもある。
もうひとつ重要なのは、炉としてつかわれたと考えられる集石や連穴土抗が竪穴住
居内に組み込まれていないことで、太陽祭祀からの発展にあることを伺わせる。た
だ、竪穴住居が北極星を中心とした世界構造を反映させたものであり、この世界のな
かで太陽が移動すると考えられていたのなら、炉が竪穴住居内にないのは不自然な
感じがする。現時点では、外につくっていた伝統を継承したとしか説明できない。どこ
か成立プロセスに地域的な違いがあるように思える。こういった研究はこれからの課
題といってよく、当面はマクロ的な流れを把握することに集中しよう。
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神話に欠かせないのが、もうひとつ。抽象概念をどのように扱うかという問題があ
る。神という存在そのものが、あるいは仮定そのものが、高度に抽象化されていて、物
理的な存在を超越する。

その意味で、葦牙(あしかび)という世界観自体が高度に抽象化されており、すでに
萌芽(ほうが)がみられる。さらに遡れば、空間と時間が分化したことに起源を求める
ことができるだろう。
死んだあとに人間はどこにいくのか。

死後の世界にいく。
この話は肉体と精神(あるいはたましい)が、別々のものとして想定されていることを
前提にする。回転縄文という装飾法は、撚紐(よりひも)を転がすという運動を必要とす
る。撚紐があるだけでは、出現しない。いわば撚紐を肉体とするなら、回転縄文が精
神に該当する。運動の痕跡として残る現象であり、連続体としてのみ存在し得る。では
連続体とは何か。

太陽の軌跡に他ならない。
太陽の軌跡がどのようになっているか考えた時点で、すでに抽象化がはじまってい
ると理解して問題ない。死後の世界は、葦牙の高度な世界観、抽象化された世界観
を、反映あるいは継承して確立する。空間と時間に分離したことにより、時間の永遠性
が求められた、と言いかえできるかも知れない。これらは抽象化が、より複雑になって
いることを示す。
また、太陽の軌跡とは、太陽の移動する道でもあっただろう。
4. 立体装飾土器文化期
前述のように縄文時代は草創期・早期・前期・中期・後期・晩期に区分されている。
| 草創期 |
12000年前〜9000年前(前10000〜前7000年) |
| 早期 |
9000年前〜7000年前(前7000〜前5000年) |
| 前期 |
7000年前〜5000年前(前5000〜前3000年) |
| 中期 |
5000年前〜4000年前(前3000〜前2000年) |
| 後期 |
4000年前〜3000年前(前2000〜前1000年) |
| 晩期 |
3000年前〜2300年前(前1000〜前300年) |
前期・中期・後期が、いわゆる縄文文化の中核となる時期である。
ここでは立体装飾文化期の前期・中期・後期としてあつかうことにする。この時代区
分は、欧米の区分法をまねてつくられたものであり、あまり意義があるものではないが、
| 前期 |
7000年前〜5000年前(前5000〜前3000年) |
| 中期 |
5000年前〜4000年前(前3000〜前2000年) |
| 後期 |
4000年前〜3000年前(前2000〜前1000年) |
考古学的史料を整理する際の基準となっており、枠組みを崩すのは賢明ではない。社
会学的に見れば後期後半に変化がおきていて、前期・中期・後期前半とはかなり様相
が異なる。ここに時代区分があるのだが、このことは後述しよう。
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