円筒下層式・上川名式
東北地方ないし北海道西南部に分布する円筒下層式も前期後半に隆盛する。円筒
下層式は、円筒上層式と対比され、より古い地層から出土する。円筒下層a式からd
式まで細分化されている。名前どおり、平底の円筒形が基本だが、胴部がふくらんで
いたり、口縁部がラッパ状に開いているものもある。器形としては円筒形だが、底部の
長さを1とした場合、高さが5、6倍になるものもあり、なんとなく不安定な印象を受け
る。極端な縦長の器形は、おそらく穴と棒の対比構造として理解されたものであり、世
界構造としての尖底土器からの転換がおきているものと判断できる。

またa式の一部には頸部(けいぶ)隆帯がみられ、b式になると半数ほどに施文され
る。下の図は、左が大野地遺跡、右が白座遺跡出土のd式土器だが、大野地遺跡で
は口縁部のやや下に隆起帯が横走しているのがわかる。これは北海道の網走式とお
なじものとみることができよう。
注意してもらいたいのが、右の口縁部にある装飾で、渦巻きをふたつ繋ぎ、さらに直
線からなる菱形をふたつ組み合わせるという創案がなされている。なかなか秀逸なデ
ザインだといえるのではないだろうか。

(縄文時代研究事典 226p 戸沢充則編 東京堂出版)

ちなみに、東北南部の大木式や関東の諸磯式のように口縁部に装飾を施す波状口
縁は、つぎの円筒上層式でおこなわれるようになる。
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東北は隆起線文土器文化期において先進的な地域だったのだが、尖底土器文化期
になり、関東に撚糸文、西日本に押型文が成立すると、やや遅れた存在になる。さら
に南九州で対応がはやかった照葉・落葉樹林文化が北上してくるようになる。そうする
と外来文化に対してつよい衝撃を受けたことが推測できる。異質な文化の影響を受け
て、文化の掘り起こし、あるいは回帰のような現象がおきた、といったプロセスだった
ようだ。自文化の再発見といってもいいのかも知れない。
円筒下層式が出現する前の段階では、地域色のつよい土器型式が多く、広範囲に
分布するものはない。また円筒下層式の成立についても複数の説が提示されており、
はっきりしたことはわからない。ここでは、円筒下層式に先行し、前期初頭ごろに登場
した深郷田(ふごうだ)式に言及しておこう。

(同上 370p)
図では尖底深鉢が想定されているが、器形は平縁で平底を基本とする。外面に斜縄
文や撚糸文が施され、内側に貝殻条痕文がある。繊維土器でもあり、円筒下層a式と
密接な関係があるとされるが、共伴する例もあり、単純に移行したとは言い切れない。
ここでは2の隆帯がついた破片に着目してもらいたい。まれにしか出土しないものだ
が、円筒下層式に引き継がれたのだろう。
もうひとつは前期初頭に出現する上川名(かみかわな)式土器で、東北南部を分布
域とするが、編年上の位置づけが幅広く、なお議論の残る点がある。繊維土器だが、
尖底ではなく、平底ないし丸底、あるいは上げ底状のものがある。

(同上 257p)
図ではわかりにくいかも知れないが、左の土器では、口縁部よりやや下に末端ルー
プ文と呼ばれる装飾が横走する。

実際はモデルより巻き数が少なく(1回巻いたもの)、への字型に接続される。さらに
区画線を対称軸として、もう一段の、反転させた末端ループ文が連続する。時計回り(
右回り)・反時計回り(左回り)・…………を繰り返して一周する。いわば上段が・B・
A・B………の対になっており、下段がB・A・B・A………であり、上段との対が意識さ
れている。複合された対構造であり、同時に胴体下部の四角でもある。また、への字
型の連続がつくる波は、口縁部の三角形でもあり、これらがどのような意図によってつ
くられたものか、今となっては正確に知ることはできない。おそらく、三角形が1:2であ
り、四角形が2のn乗ということなのだろうが、具体的に何を意味するのかは、わから
ない。
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