比較文化史の試み 263


  羽状縄文系土器群

  胎土に植物繊維を混ぜたものを繊維土器というが、おなじような意味合いで羽状(う
 じょう)縄文系土器群という表現がある。縄文を回転押圧させると螺旋状になった施文
 原体の痕跡が、回転方向の45度の角度で斜行(しゃこう)する。これが斜行縄文と呼
 ばれるもので、原体中央で捻(よ)りを反転させると、回転方向に対して上45度、下4
 5度の斜行縄文があらわれる。鳥の羽、あるいは矢羽に似ていることから、この名称
 があり、前期に発達し、繊維土器とおなじように、前述の円筒下層式や関東の花積下
 層(はなづみかそう)式・関山(せきやま)式・黒浜(くろはま)式などで多用される。

  要するに、回転軸の上下で反転するということであり、回転押圧が時間とともに出現
 する現象であることを考慮すれば、時間の捉え方が変質していることがわかる。このこ
 とはあとで考察しよう。

  おもしろいことにループ文(蕨文)も、この時期に登場する。

  前述のように、前期後半ごろになると、東北南部に大木式、関東東部に浮島式、関
 東に諸磯式、九州を除く西日本に北白川下層式が成立する。ここでは大木式を例にと
 ってみてみよう。

(縄文時代研究事典 316p 戸沢充則編 東京堂出版)

  大木(だいぎ)式は、大木1式・2a式・2b式・3式・4式・5式・6式・7a式・7b式・8a式
 ・8b式・9式・10式まで細分化されている。このうち前期に含まれるのは1式から6式
 までで、以降は中期になる。つまり大木式というのは、多様な器形と装飾をもつ一連の
 土器群のことを指す。

  もともと隆起線文土器文化期においては、隆起線文土器は隆起線文という装飾が施
 された土器のことをいう。尖底土器文化期での、暁式あるいは田戸下層式などという
 型式名は、尖底土器という枠組みのなかで、識別されうる名称として存在する。この意
 味で、東北に分布する円筒下層式という型式名は、円筒形という器形と密接な繋がり
 をもって命名されたものに他ならない。おなじといっていい。

  ところが大木式や諸磯式などでは、型式名から、ある特定の器形ないし装飾を抽出
 することができない。なぜ、これほど多様化したのだろうか。

  ひとつは世界構造としての渦巻きが、器形から抜き取られたことがある。装飾になる
 ことで、世界の多重性を表現する輪積み法を継承しながら、尖底土器のように器形に
 反映されることがなくなる。

  もうひとつは、おそらく性の発見が関係している。

  性の発見は、男性と女性の結婚でもあり、別々のものが結びつけられる。子供は両
 方の特徴を持ちつつ、父親と母親のどちらでもない。だから、組み合わせによってあた
 らしいものをつくるのは正当と理解されるようになったのだろう。

  口縁部についていえば、平縁と波状があり、ほぼ垂直に立ちあがるものと、開くよう
 に外反するものと、内湾するものがある。胴部は、膨らんだもの、くびれのあるもの、
 ほぼ直線状がある。ただし、底部は平底であり、これらを組み合わせて器形がつくら
 れていることがわかる。

  縄文文化というと東日本優位という単純な構図で説明されることが多い。縄文文化と
 いう定義にもよるが、東北南部と西日本が先進的であり、東北北部・北海道はどちら
 かといえば保守的である。少なくとも、この時点ではそういえる。

  尖底土器文化期にぽつぽつと竪穴住居をつくりはじめたことはすでに説明したとおり
 だが、やがて小集落が形成されるようになる。性の発見により、夫婦、親子といった関
 係が重要になっていく。前述の上野原遺跡では、ままごと道具がみつかっており、子供
 に対する関心が高まっていることを伺わせる。階層社会の出現の目安として注目され
 るのが子供の墓からでる副葬品で、装飾性が高く豪華になれば、階層社会が出現し
 ている可能性は高くなる。もうひとつは墓が一般人のものと分離した場合である。

  しかし、縄文時代の集落は、だいたい墓地を中心に竪穴住居を配置させた環状集
 落であり、階層社会が出現している可能性はきわめて低い。また、このことは集落が
 親子あるいは親類関係だけで形成されているのではないことも示唆する。ここに羽状
 縄文が関わってくる。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その37


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最終更新日2007年7月4日