比較文化史の試み 265


  北極星と墓と環状集落

  上川名式土器から、いくつかわかることがある。

  土器に足が付くようになるのは弥生時代が最初ではない。もちろん特殊器台のよう
 に、異常なまでに長くなることはないが、足そのものは立体装飾文化前期に出現す
 る。理由は上が尊(とうと)いからである。つぎに3が尊い。地上世界は4であり、4はも
 ちろん双極を意味し、2×2である。

  ここで神殿の基本構造が完成する。

  ただし、実際に登場するのは、もう少しあとになってからで、なぜなら立体化しなけれ
 ば建物として成立しなからである。

  天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成りし神の名は、
 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ
 、次に神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)
 成りまして、身を隠したまひき。

  次に国稚(わか)く浮ける脂(あぶら)の如くして、海月(くらげ)なす漂へる時、葦牙(あ
 しかび)の如く萌(も)え騰(あが)る物によりて成りし神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅
 (うましあしかびひこじのかみ)、次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)。この二柱
 の神もみな独神と成りまして、身を隠したまひき。

  上(かみ)の件(くだり)の五柱の神は別天(ことあま)つ神。

  次に成りし神の名は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、次に豊雲野神(とよくもの
 のかみ)。この二柱の神もみな独神と成りまして、身を隠したまひき。

  古事記の冒頭にある、身を隠したまひき≠ニは、古い思想を継承しながら、あたら
 しい思想が誕生することによって、古い思想が背後に後退するということである。エビ
 や矢のように、顔をこちら側に見せつつ、遠ざかっていく。時間は、どこからかやって来
 て過ぎていくものではなく、眼前に出現し、やがて遠ざかっていくものに他ならない。
 の世界には、未来は存在していない。見ているのは、現在と、後退した現在(過去)で
 ある。そして古いものほど尊い。ほのかに姿を見せつつ、背後に隠れている。

  この思想が墓の意味性を変質させる。

  死者は、私から遠ざかった者であり、遠いほど尊い。

  現在が眼前に出現し、上下にわかれ、それぞれ螺旋を描きながら、北極星と墓に向
 かって遠ざかっていく。この時間感覚は奇妙といえば奇妙だが、現代の時間感覚もひ
 とつのありようでしかない。相対的な問題であり、現代の時間感覚の方が、奇妙といえ
 なくもないのである。

  環状集落は、この思想を背景に誕生する。

(図解・日本の人類遺跡 93p 東京大学出版会)

神奈川県南掘遺跡

  中央に墓地をもち、周囲に竪穴住居を配置する。それとともに、建物としての竪穴住
 居の構造が変化する。尖底土器文化期における掘り込みは、方形・円形あるいは不
 定形なものだが、前期では方形(隅丸方形)で統一されるようになる。

  もうひとつは、建物の構造として屋根と壁に分離する。これは上と下を分ける考えか
 ら派生する。ただ、壁は現在のように垂直に立ち上がることはない。これは円錐形とい
 う構造を踏襲するからで、全体としては四角錐のようなものだろう。

  右の図は、岩手県中曽根遺跡の竪穴住居を復元したものだが、通常はこれほど大
 きくない。当時の親類の定義がわからないが、親類縁者が集まり先祖祭祀をおこなう
 建物だったのだろう。大型住居には、竪穴式と平地式の両方が存在し、分布は近畿よ
 り北の地方、東北までであり、北海道には存在していない。

  親類縁者が集まるようになると、共同作業がおこなえるようになる。秋に川を遡るサ
 ケ・マス漁を集団で大量に捕獲できるようになる。いわゆる集約型漁業であり、経済的
 な転換がおきはじめる。食べる以上に獲れるから、人口が増えても問題がない。人口
 が増えれば、それ以上にとる。もちろん限度はあるものの、このプロセスが回転しはじ
 めることによって、人々はより社会に依存するようになる。やめようがなくなる。

  ここではサケ・マス漁で説明したが、別に湾内を回遊する魚でも、ドングリなど堅果類
 の加工でもおなじである。集約型の労働によって、生産性が向上するということでは、
 等しい。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その39


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最終更新日2007年7月8日