比較文化史の試み 268


  縄文と古事記

  古代エジプトや古代中国あるいはギリシア・ローマなどのような都市国家には、必ず
 といっていいほど石組みの城壁が存在する。ところが環状集落には城壁が存在して
 いない。そもそも城壁を組むという発想自体が日本にないが、城壁が外部からの侵入
 を拒むということでは、日本には豊富にある。ありすぎて気づかない。

  ひとつは海である。海があると歩いて渡ることができない。軍事侵攻する場合は、船
 団を組む必要がある。もうひとつは深い森である。阿久遺跡のように森を切り開いた
 ところにつくられると、四方が森だから、相当に近寄らないと発見できない。阿久遺跡
 の場合、二本の川に挟まれた尾根上につくられており、おそらく川から視認することは
 できないだろう。

  この意味で最初から断絶している。日本の課題は、周囲との断絶ではなく、むしろ交
 易を含めた連絡網の整備にあったとみていい。

  もうひとつ。都市には、およそ血縁関係にない人々があつまるという意味がある。国
 家にもおなじような意味合いがあり、これが成立するのは大和朝廷以降の話になる。
 環状集落の場合は逆で、血縁関係にある人々が集う。この意味で都市でもなければ、
 国家でもない。ただの部族集団である。ここを起点にして国家というものがつくられて
 いくようになる。日本という国家の原点は、ここにある。

  天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成りし神の名は、
 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ
 、次に神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)
 成りまして、身を隠したまひき。

  古事記では、神々を数えるときに柱という表現をつかう。神々は高度に抽象化され
 た概念であり、国之常立神以降に関係が逆転する。環状集落の造営とおなじであり、
 それ以前が、いわば物理的に存在するものから抽象化がおこなわれていたのに比
 べ、抽象から神々が現出するプロセスに変化する。釣り針とおなじでもある。

天之御中主神 あめのみなかぬしのかみ 太陽
高御産巣日神 たかみむすひのかみ
巣日神 かむむすひのかみ
宇摩志阿斯訶備比古遅神 うましあしかびひこじのかみ 渦巻き/世界構造
天之常立神 あめのとこたちのかみ 北極星
国之常立神 くにのとこたちのかみ 中心点

  別のいい方をすれば、神々のなかに、抽象化された概念だけでなく、物理的に存在
 するもの(人工物)を指すことがあるということであり、注意が必要となる。

  ついでだから、もう少し古事記の問題を切り崩しておこう。

  神武天皇が宮崎(日向・ひむか)から出発したのではなく、熊本から東征しはじめた
 ことは、前に考察したとおりだが、実はここに問題がある。日本列島で自発的に人類
 が誕生した可能性はまったくない。となれば、北、南あるいは半島から移り住むことが
 あったに違いない。神武天皇の先祖はどこから来たのかということであり、問題を途中
 で保留にしたままといっていい。日本人という上位概念が成立し、混血が進んでいる現
 在ではあまり意味のないテーマかも知れないが、安万侶が知っていたかどうか興味が
 あるところでもある。

  古事記には、凍った海を渡ったことや、サケの話がない。どちらかといえば、南方系
 の色調がつよい。ここで北方系は除外していい。つぎに古事記そのものが縄文時代に
 遡ることから、半島経由の可能性も小さいことがわかる。残るは、南方系だろう。

  前述のように落葉・照葉樹林への変化は南からおきる。種子島や鹿児島で先駆的な
 文化が華開く。上野原遺跡などがそうである。ところが約6300年前に鬼界カルデラ
 が大噴火を起こし壊滅的な打撃を受ける。立体装飾文化期以降は、鹿児島などの南
 九州より、熊本から八代までの地域に遺跡が集中するようになる。熊本が九州での縄
 文文化の担い手であったと考えて問題ない。ちなみに中国・四国地方は、縄文全期間
 を通して遺跡分布が薄く、生活しづらいところがあったようだ。つまり、近畿より西側に
 はまばらにしか遺跡がなく、ある程度集中し継続したのは熊本県だけなのである。

  古事記に登場する神々のなかで、国という表現を含む神が数柱いる。国之常立神が
 最初になることは前述したとおりだが、もっとも重要な神は大国主神(おおくにぬしの
 かみ)だろう。大国主神の神格は名前どおり、大きな国を主催する神ということであり、
 環状集落を統合し、やがて古代国家を成立させる神といっていい。大国主神の神話を
 箇条書きにならべる(訳者がつけた題名)と、

  @ 因幡(いなば)の白兎(しろうさぎ)
  A 八十神(やそかみ)の迫害
  B 根の国訪問
  C 八千矛神(やちほこのかみ)の妻問い物語り
  D 大国主神の神裔
  E 少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と御諸山(みもろやま)の神
  F 大年神(おほとしのかみ)の神裔

 となるが、これとは別に、天つ神(あまつかみ)に国を譲る話がある。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その42


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最終更新日2007年7月11日