比較文化史の試み 269


  縄文と大国主神

  因幡の白兎は誰でも知っていると思うが、かいつまんで説明すれば、隠岐の島に流
 されたウサギが陸にもどるためにワニ(和邇)を騙して海を渡る話で、調子に乗ったウ
 サギが事実を告げると、怒った最後のワニに身ぐるみ剥がされてしまう。泣き伏してい
 たウサギを助けたのが兄神、八十神たちに従っていた大穴牟遅神(おほなむぢのか
 み・大国主神)で、ウサギは大穴牟遅神がヒメ(比売)を得るだろうと予言する。

  陸上動物が水中動物を騙して渡るという筋の神話が、インドネシアなどにもあること
 が知られている。海水面の上昇は世界規模でおきており、洪水神話の方が多いのだ
 ろう。設定が洪水が終わったあとになっているのは、もともと半島あるいは島国だから
 で、大陸での捉え方の違いを際だたせる。また因幡や隠岐などの地名は、日向とおな
 じように大和朝廷が後付けにすることができるので、注意が必要だろう。ここの骨格は
 島渡りというところにある。

  八十神の迫害の話には、ふたつのテーマがある。

  ウサギのいうとおりヒメ(比売)は大穴牟遅神を選ぶ。嫉妬した兄神たちは、はかりご
 とをし、大穴牟遅神(おほなむぢのかみ)を殺害しようとする。兄神たちは、山にいる赤
 イノシシを自分たちが追い立てるので、大穴牟遅神に麓(ふもと)で捕らえるように命じ
 る。ところが兄神たちは、イノシシに似た大きな岩を焼いて転がし落とす。大穴牟遅神
 は、これを捕らえようとして死んでしまう。嘆いた母神は、神産巣日神(かむむすひの
 かみ)に救いを乞い、神産巣日神はただちに使者を送って蘇生させる。

  大国主神は大きな国をつくる神ということであり、焼けた大きな石で殺されるのは、火
 山活動によって壊滅したことを暗示させる。

  つぎに兄神たちは大穴牟遅神を山に誘う。切り株に楔(くさび)を打ち込み、その隙
 間に大穴牟遅神が入ったところで、楔を抜き取ってしまう。切り株はぴしゃりと閉じ、大
 穴牟遅神は圧死してしまう。ふたたび母神によって蘇生するが、須佐能男命(すさのを
 のみこと)のいる根の国に行くように促(うなが)される。

  大国主神が切り株で殺されるのは開拓が難しいということであり、木と木に挟まれた
 森によって大きな国がつくれないということである。

  根の国に行った大穴牟遅神は、須佐之男命(すさのをのみこと)の娘須勢理毘売(す
 せりびめ)と結婚する。須佐之男命は大穴牟遅神につぎつぎに試練を与えるが、須勢
 理毘売の機転によりくぐり抜けていく。が、ついに須勢理毘売を背負って根の国から逃
 げだしてしまう。須佐之男命の呪言により、大穴牟遅神は刀と弓矢をつかって野に川
 に兄神たちを追い払い、国づくりをはじめる。ちなみに、ウサギが予言したヒメ(比売)
 は、須勢理毘売をみて畏(かしこ)まり、逃げだしてしまう。

  須佐之男命は日本神話のなかで唯一といっていいほどの荒ぶる神であり、その娘と
 結婚しないと国づくりをはじめることができない。それまでの大穴牟遅神(おほなむぢ
 のかみ・大国主神)は二度も殺されるような弱々しい存在でしかない。ところが根の国
 (黄泉の国)から戻ると一転し、兄神たちを駆逐する。刀や弓矢をつかう軍事力によっ
 て国を統合しはじめたということである。ちなみに、高知県にある縄文晩期の遺跡か
 ら、刃物で切られたり、弓で殺されたらしい人骨が多数みつかって騒然となったことが
 ある。もともと山の神が人を殺す神であり、縄文晩期に戦争があっても、別に不思議
 でも、なんでもない。

  八千矛神(やちほこのかみ)の妻問い物語りもふたつの部分から構成される。八千
 矛神は、大穴牟遅神(おほなむぢのかみ・大国主神)の別名であり、沼河比売(ぬなか
 わひめ)に求婚する話で、それぞれが歌を詠む。歌の意味は現在のところよくわから
 ないが、翌日に成立したようだ。

  前に考察したように、沼河比売の反対は沼河比古(ぬなかわひこ)となるが、さすが
 にそのままでは使われていない。神沼河耳命(かむぬなかわみみのみこと)、綏靖天
 皇(すいぜいてんのう)の暗示であり、同時に奴国王でもある。この連合が、すぐには
 成立しなかったということらしい。

  もうひとつは、八千矛神が倭国(やまとのくに)に上ろうとしたときに須勢理毘売と別
 れる話で、やはりそれぞれが歌を詠む。この意味も、よくわからない。

  須勢理毘売は軍事を意味し、これと別れるのは軍事力による統一が不可能というこ
 と。邪馬台国との戦争で壊滅的な打撃を受けただけでなく、宗教上の問題もあるから
 なのだろう。

  Dの大国主神の神裔と、Fの大年神(おほとしのかみ)の神裔は、系譜だけなので
 省略する。

  少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と御諸山(みもろやま)の神もふたつある。大国
 主神が、それぞれとタッグを組むことになる。まず、大国主神が出雲にいたとき、天(
 あめ)の羅摩舟に乗って来る神がいた。この神の名は誰も知らないという。けれど、た
 にくぐ(カエルのことらしい)だけは、くえびこ(カカシらしい)は知っているだろうと告げ
 る。くえびこが呼ばれ、神産巣日神(かむむすひのかみ)の御子の少名毘古那神だと
 正体を明らかにする。大国主神と少名毘古那神は、国をつくり堅める。ところが少名毘
 古那神は黄泉の国にいってしまう。

  どうしたものかと憂慮している大国主神の前に、今度は海から神がやってくる。自分
 と一緒につくらなければ国はできないだろうといい、大国主神はどのように祀るべきか
 と問う。神は、山上(やまのへ)に奉(まつ)れと答える。

  御諸山の神が、山上に祀った大王(おおきみ)であり、古墳のことをいっているのだと
 すぐにわかる。となれば、少名毘古那神が何を意味するかおおよそ見当が付く。カエ
 ルやカカシなど水田稲作の話であり、古墳時代より前の弥生時代。となれば銅剣や銅
 鐸などの青銅器祭祀のことだろう。神産巣日神は石のことを指し、原料としての銅が
 少ない、ということらしい。

  ちなみに出雲とは、地名でもあるが、雲が出るところ、つまり山という意味でもある。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その43


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最終更新日2007年7月12日