比較文化史の試み 270


  大国主神と国之常立神

  以上、大国主神の物語りにつかわれている仮題を読み替えると、

  @ 島渡り
  A 噴火による壊滅と、開拓の難しさ
  B 軍事力による統合のはじまり
  C 奴国との連合と、軍事力による統一の放棄
  D 大国主神の神裔
  E 青銅器(鉄器)と古墳
  F 大年神(おほとしのかみ)の神裔

 となり、だいたい歴史順に並んでいることがわかる。問題は、噴火の前にある島渡りに
 他ならない。東征は西から来たという意味でもあり、熊本の前が鹿児島、鹿児島の前
 が種子島、さらに沖縄などにつづく島伝いということだろう。

  ただ、因幡や隠岐という地名が入っていると、出雲地方(鳥取県)の神話だと思い込
 む。この思い込みを利用される。そうすると熊本に伝わっていた神話だということがわ
 からなくなる。さらに風土記に書き加えれば、両方の史料が一致し、真実だと思い込
 む。日本側と中国側の史料を一致させ、邪馬台国が近畿にあったように思い込ませる
 手法とおなじである。

  古事記自体が「ふるきことを記す」とという意味であり、神話風に書いてあるだけで、
 勝手に神話だと思い込む。一度、そう思い込めば二度と迷路から抜けでることができ
 なくなる。つまり神話のように見せかけてあるが神話ではないということであり、安万侶
 たちがつくった神話のようなもので乗せ換えることによって、古くから伝えられてきた神
 話を断絶させる。そして伝承の内容を教えない。ここに目的がある。日本や天皇という
 社会的装置を有効に機能させるために、過去を切断する。

  帝紀や本辞という原本があると信じ込ませることによって、原本探しの迷宮に誘い込
 み、真実を失わせる。この手法とおなじである。稗田阿礼が、稗田(地名らしい)にいる
 我ということであり、この仕掛けによって伝承者の名前が失われる。

  もちろん、すべて創作というわけでもない。神話という素材をつかい、歴史に作り替え
 る。そうしないと今度は天皇制が機能しなくなるからである。天皇制は大王(おおきみ)
 という伝統の上で成立する。伝統を引き継ぎつつ、歴史でないものを排除する。このあ
 たりを注意深く腑分けしていく必要があるだろう。

  安万侶は、神武天皇の祖先が南洋から来たことを知っている。古事記を読んでいる
 と、頭はいいが、本当に、タチの悪い人間を相手にしているのだと実感する。いかにも
 官僚の考えつきそうなことでもあるが、やり口が悪辣(あくらつ)である。解読に手間暇
 掛かるようになっていて、途中で投げだすように仕向けてある。さらに、解読したところ
 で秘密がわかるようになっていない。理由がわかるだけである。あんな本捨ててしま
 え、は本音半分というところか。

  しかし一方で、考古学の進展により、安万侶の前提は崩れてきている。

  神武天皇の祖先が南洋から来たことは上で述べたとおりだが、これは母方だけであ
 る。神話は母親から娘に語り継ぐものであり、子供はそこで生まれることになるから、
 娘だろうが息子だろうが、その場所にいることを前提にする。それとともに、妻が集団
 外部から選ばれていることを示唆する。

  父方については安万侶もわからなかったらしい。

  旧石器時代の石器分布は南九州まで及ぶ。ところが2万7千年前ごろに姶良カルデ
 ラが大噴火を起こす。そうやってできたのが、鹿児島湾であり、シラスと呼ばれる鹿児
 島周辺の地層である。これは東北まで火山灰を飛ばし、大災害になったことは間違い
 ない。おそらく、数百年は人が住めなかっただろう。隆起線文文化期の九州には、細
 石器の共伴が認められ、旧石器時代からの伝統の継承あることがわかる。これが海
 水面の上昇によって分断される。陸路は分断される一方、南方から舟に乗った人々
 がやってくるようになる。舟に乗った移動生活者であり、定住していない。ただ、南九州
 以南の状況については、はっきりしないことが多い。

  これは言語学的にもいえることで、日本語は、朝鮮語やアイヌ語とはほとんど関係な
 く、関係があるとしても数万年前には分離している。ところが沖縄方言とは数千年ぐら
 いの違いしかなく、近縁関係にある。ひじょうに似ている。一般的には、日本語から沖
 縄方言が分離したと考えられているが、おそらく逆だろう。沖縄方言が日本に普及した
 あと、弥生時代ごろから分離するようになったと理解した方が、歴史的な整合性がとれ
 る。この意味で、沖縄方言の方が日本語より縄文時代のことばに近いはずである。そ
 して、アイヌ語は旧石器時代のことばに近いと想定できる。

  ○○内川という河川名は関東地方まで分布しているが、このナイ(内)がアイヌ語で
 川を意味する。つまりナイと川で、川の意味を二重にもつ。旧石器時代の呼び名がそ
 のまま残り、意味が失われて、呼び名+川で定着したものだろう。このことは、それま
 で使われていた言語がまったく違う言語によって置き換わってしまったことの名残(な
 ごり)だと考えられる。

  もちろん、こういう現象が短期間で起きるはずもなく、数千年は要する。落葉・照葉樹
 林を追いかけて北上したのが、はじまりだろう。そして針葉樹林帯までは及ばない。東
 北が限界とみていい。東北のマタギにアイヌのことばが残り、北海道は影響を受けな
 かったから、アイヌ語がそのまま残ったということなのだろう。いずれにしろ、日本語、
 沖縄方言、アイヌ語、それぞれ系統がわからない言語であることには、変わりがない。
 そこが限界であり、どの民族も系統を明らかにすることなどできない。

  天地(あめつち)初めて発(ひら)けし時、高天原(たかまのはら)に成りし神の名は、
 天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、次に高御産巣日神(たかみむすひのかみ
 、次に神産巣日神(かむむすひのかみ)。この三柱の神は、みな独神(ひとりがみ)
 成りまして、身を隠したまひき。

  次に国稚(わか)く浮ける脂(あぶら)の如くして、海月(くらげ)なす漂へる時、葦牙(あ
 しかび)の如く萌(も)え騰(あが)る物によりて成りし神の名は、宇摩志阿斯訶備比古遅
 (うましあしかびひこじのかみ)、次に天之常立神(あめのとこたちのかみ)。この二柱
 の神もみな独神と成りまして、身を隠したまひき。

  上(かみ)の件(くだり)の五柱の神は別天(ことあま)つ神

  次に成りし神の名は、国之常立神(くにのとこたちのかみ)、次に豊雲野神(とよくもの
 のかみ)。この二柱の神もみな独神と成りまして、身を隠したまひき。

  次に成りし神の名は、宇比地邇神(うひじにのかみ)、次に妹(いも)須比智邇神(すひ
 じにのかみ)。次に角杙神(つのぐひのかみ)、次に妹活杙神(いくぐひのかみ)。次に
 意富斗能地神(おほとのぢのかみ)、次に妹大斗乃弁神(おほとのべのかみ)。次に於
 母陀流神(おもだるのかみ)、次に妹阿夜訶志古泥神(あやかしこねのかみ)。次に伊
 邪那伎神(いざなきのかみ)、次に妹伊邪那美神(いざなみのかみ)

  上の件の国之常立神より下(しも)、伊邪那美神より前(さき)を、并(あわ)せて神世
 かみよ)七世(ななよ)といふ。

古事記 上 36p 次田真幸著 講談社学術文庫

  古事記では、国之常立神より前を別天神≠ニして記述し、明確に違いを意識して
 いることがわかる。いままで、前隆起線文土器文化期・隆起線文土器文化期・尖底土
 器文化期とつづけて見てきたが、立体装飾文化期になると社会構造上でも大きく転換
 する。この判断は考古学的に見ても的確であり、おそろしく現代的といっていい。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その44


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最終更新日2007年7月13日