比較文化史の試み 271


  時代区分と歴史家

  いままで考察してきたように、古事記の冒頭は、ほぼ歴史順にならんでいる。身を隠
 したまひき、とはあたらしい思想によって、背後に後退するということであり、考えよう
 によっては時代区分になり得ることがわかるだろう。

  もともと天武天皇の改革によって天皇教が誕生する。安万侶たちは、リアルタイムで
 知っていて、あたらしい時代がはじまったと理解している。日本書紀が持統天皇で終
 わるのは、改革を実行しましたが倒れました、では、お話にならないからで、だから血
 統を維持、あるいは正統を維持するという諡号(しごう)にする。間違いなく、ここに時
 代区分を置き、断絶があると認識している。日本書紀よりあとは、天皇の時代だからで
 ある。すなわち、

  宗教が時代区分としてつかわれている。

  空前絶後であり、破天荒でもある。人類史上、未曾有のできごとである。どれほど強
 調しても、強調しすぎることなどない。世界に類例を見ない巨大な思想であり、どうし
 て、こんなものが読み落とされてきたのか、不思議でならない。記紀は登場以来さまざ
 まに読みつがれてきた。だが、この問題を指摘した者は、ひとりとていないだろう。古
 代天皇制が失われてから、日本では学者など存在したことがない。

  宗教が時代区分としてつかわれるぐらいだから、宗教が相対的に見えていても何ら
 不思議ではない。神道や儒教、仏教などを相対的にみる視点は、もともと天武天皇の
 改革に内在しているものだが、天皇の創出と日本書紀の完成によって決定的になる。

  副島 『日本教の社会学』の中では、山本さんと小室さんは、この日本教を支える空
 気に対して、たとえば次のように言っています。日本古来の神は空名だが、一応役目
 を果たして機能しているのだからそれでいいのだ。これは石田梅岩にもあるように、外
 国から伝来した諸宗教は全部薬なのだから、全部うまく調合して飲んでしまえばいい
 のだということです。

(小室直樹の学問と思想 橋爪大三郎・副島隆彦著 199p 弓立社)

  石田梅岩の思想は、ここから派生している。

  もうひとつ重要な点は、歴史家とは何かという問いの回答にある。これは聖徳太子
 がはじめた歴史書の編纂や、天智天皇の漏剋(ろうこく・水時計)による時刻報知など
 といった一連の流れのなかで、収斂(しゅうれん)され、意識化されていく。

  よく歴史は科学(サイエンス)であるなどという妄言を吐く学者がいるが、だったら科
 学だけを教えればいいのであり、歴史学など不要だから、ただちに廃止すべきだろう。
 税金の無駄であり、学者はただの泥棒でしかない。

  数学と科学はまったく違うが、なぜ違うのかというと、数学には数学しか解けない問
 題があるからに他ならない。おなじように科学でしか解けない問題もある。つまり科学
 は万能ではなく、歴史学もしかりである。要約すると、歴史学でしか解けない問題があ
 り、それを解いたときに歴史学の存在理由があるのであり、無条件に存在価値がある
 のではない。歴史は科学である、とは歴史学の存在価値を否定する。

  インターネットで歴史研究と歴史学研究を検索閲覧すると、内容がほとんど一緒にな
 っている場合が多い。歴史研究と歴史学研究は、決定的に違う。この違いのわからぬ
 者に、歴史は不可能である。歴史は高度な抽象概念であり、日本人のほとんどは理解
 していない。理解できない。

  アイヌには歴史が存在しない。中国もまたしかりである。インド人はイギリスに行って
 インド史を学ぶ。歴史哲学が存在していないから、そうならざるを得ない。つまり歴史
 あるいは歴史書は結果であって、原因ではない。歴史という表現のなかに歴史哲学を
 含むから混乱を招いているが、歴史哲学こそ、歴史の本体なのである。方法論を含め
 てあたらしい歴史哲学を構築、提示した者が歴史家に他ならない。この意味で安万侶
 を歴史家と呼べるかどうかを考察すれば、安万侶は歴史家ではない。古事記の序文
 にあるように、夜の水(かわ)に投(いた)りて基(もとゐ)を承(う)けむことを知りたま
 ひき≠ナあり、天武天皇が発案者だからである。滝は地面の切断によって生じるが、
 水は流れつづける。この発想により、あたらしい歴史哲学が構築される。

  以上。古事記は歴史書、とは人口に膾炙(かいしゃ)したことばだが、彼らがいってい
 ることと、意味内容がまるで違うことがわかるだろうか。

  歴史をちゃんと理解している者だけが、古事記を解読する資格をもっている。なぜな
 ら、それを前提に話が組み立てられているからである。そしてマックス・ウェーバーのよ
 うに比較宗教学、さらに宗教史、宗教の発展過程という観点で、日本史を捉えなおそう
 とすると、古事記とおなじところに到達する。到達せざるを得ない。古事記が、すでにや
 ってしまったことだからである。

  想像を絶したおそろしい知能だとは思わないか。

  古事記が現代的なのではなく、現代が古事記に近づきつつある。

  先に進もう。

  三島由紀夫が天皇をまってたように、安万侶もまた古事記が解読されるのをまって
 いるからである。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その45


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最終更新日2007年7月14日