比較文化史の試み 274


  諸磯式と渦巻き

  これが日本では双極文様となる。組み合わせ方が異なるが、渦巻きをふたつ組み合
 わせているということではおなじといっていい。おもしろいことに周時代(前1100ごろ〜

 前256)の青銅器に施された装飾(雷文・らいもん)は曲線ではなく、直線でつくられて
 いる。他でもなく、曲線の反対が直線であり、直線の反対が曲線である。

青銅器
殷時代

文様部分拡大図

カクカク
双極文様
モデル図

  双極文様と雷文と太極は、類縁関係にある。ただし太極の場合、陰と陽の双極の上
 位に太極があるという構造になっているので注意してもらいたい。

  日本には飛鳥時代ごろに陰陽道や道教が入ったものと思われるが、あまり違和感を
 感じなかったろう。どちらかといえば、伝統的価値を再確認させるものであり、超越的
 存在(神)を認めない仏教の方がはるかに異常である。仏教は、霊魂の存在を認めな
 いし、死後の世界も存在しない。あまりのことに、びっくり仰天。つよい衝撃を受けたは
 ずである。

  もどろう。

  前述の大木式土器の装飾には、双極文様がつかわれている。

  左の土器の胴部に波が描かれているが、よく見ると単純な上下を繰り返す連続した
 波ではなく、細かく区切られていて、意図的な、ずらしがある。

  もともと縄文は空間と時間に分離したときに生まれており、連続体としての時間の標
 徴でもある。やがて性の発見により、時間の共有と部族集団が形成されるようになっ
 ていく。部族は先祖を共有する、あるいは、そう目される人々によって構成される。こ
 のことは時間が蓄積されるようになったことを示す。縄あるいは土器などという記憶媒
 体によって継承されてきたのだが、蓄積という考えが登場すると、それ以前も正当とみ
 なされるようになる。つまり、隆起線文土器から尖底土器などと変化するのは、常に最
 新の思想によって置き換わってきたことを意味し、古い様式の土器をつくることは正当
 でないと考えられていたからなのである。これが転換することにより、器形・装飾に爆
 発的な多様性を生む。

  農耕民族における壺が、時間の経過に対抗する手段としてつくられるのに比べ、時
 間そのものが蓄積を保証する。失われるから保管するのと、自然にたまってしまうこと
 のあいだには決定的な断絶がある。とはいうものの蓄積がある、あるいは蓄積をつく
 ることが正当な行為として理解されるようになれば余剰品がでてくる。やがて定住のた
 めにつくった家に保管するようになっていくだろうし、交易も活発になる。

  前期にはいると関東や中部で遺跡が激増する。食料の保管により安定的な生活が
 できるようになり、人口増加に堪えられるようになったのだろう。

  北白川下層式での装飾を踏まえたうえで諸磯a式を観察すると、左から3番目の土器
 は、縄文の軸が縦になっているだけにすぎない。諸磯a式の場合、器形で上下を表現
 しているから、左右が優先されるということなのだろう。これは羽状縄文をどのように解
 釈するかという違いであり、回転軸を運動の主眼にした場合、上下の対構造になる
 が、装飾を施すときの時間の推移として捉えたときは、右から左、あるいは左から右へ
 の移動として理解することができる。

  羽状縄文が導きだす世界観は、北極星と墓穴にそれぞれ収束していく、というもので
 あり、時間の運動としては上方向と下方向に、それぞれ移動する。これが合成される。

  左から1番目土器には、北白川下層式とおなじように横方向の装飾があり、その
 上にカニの足とも、エビとも呼べるような図案がある。これは渦巻きと合成されたもの
 であり、

  同様に、一番右のものは、渦巻きをふたつ繋げたものだということがわかる。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その48


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最終更新日2007年7月19日