比較文化史の試み 281


  縄文時代の装身具その2

  装身具は身につけるものであり、副葬品を別にすれば、他者がみることを前提にす
 る。一般的に、独占や権威化あるいは差別化を目的とするようにいわれることが多
 い。もちろん、そういった面がないわけではないが、これは時代にもよる。個人所有の
 観念のない、この時代に独占という判断はあまり意味がないし、また権威は正統性の
 問題と深く結びついていて、個人がもっているものでもない。むしろ自然そのものが権
 威であり、シャーマンは自然をどのように解釈するかという、いわば法解釈による判例
 を生みだすような役割を担っている。このことによってサケや貝、タケノコ、あるいはド
 ングリやワラビなどの食物摂取が可能となっていく。

  バンド社会において、司祭や法的専門家は存在せず、唯一存在するのがシャーマン
 である。ただし、シャーマンとリーダーが明確に分離しているとは断言できず、状況に
 応じて変容する。いずれにしろ、シャーマンあるいはリーダーが、他の構成員とは違う
 ことを明示する必要があり、それが差別化の定義である。そして、この差別化には絶
 対性が存在しないから、やがて構成員に普及していくというプロセスを内在する。シャ
 ーマンがやっているから、誰もがやっていい、という解釈である。全員に普及してしまえ
 ば差別化(差異)が失われるから、あたらしい差別化を模索する必要が生じる。尖底
 土器文化期までの動的プロセスの要因は、ここにあるのだろう。シャーマンがシャーマ
 ンである限り、常にあたらしいものを求めつづけなければならない。

  滋賀県石山(いしやま)貝塚は、尖底土器文化期の押型文系土器群や貝殻文条痕
 文系土器群を共伴する遺跡で、五体の屈葬人骨や装身具などが発見された。

(縄文時代の装身具 土肥孝著 3p 至文堂)

  上段右端はイノシシの牙、隣の2個の垂飾品はイノシシの骨でつくられている。下段
 はベンケイガイ製の貝輪になる。貝輪とはいうものの、このままでは腕から落ちてしま
 う。どうも円形ではなさそうな感じがするが、繋ぐための穴がないので欠損しただけか
 も知れない。

  前期に該当する福島県鳥浜貝塚では多様化した装身具(?)をみることができる。ほ
 んとうに装身具だけのか、現時点では判別できない。具体的に使用法が提示できない
 からである。素材としては、シカの四肢骨、サメ・クマの歯などがつかわれている。 

(同上 4p 一部改変)

  下は指輪だろうが、ちょっと使いづらいような感じがあり、何かの道具なのかも知れ
 ない。

(同上 4p 一部改変)

  鳥浜貝塚では、表面に加工が施されている装身具も登場している。右の垂飾品には
 波をふたつ合成させた装飾が彫られている。

(同上 4p 一部改変)

  福井県にある桑野遺跡からは、前述のケツ状耳飾とは異なる形状をもつものが出
 土している。このことから、リング状の耳飾が変化して成立するのではないかという推
 定ができる。

(同上 8p 一部改変)

  上野原遺跡出土の耳飾は、リング状のものも出土しており、大きく開いた耳たぶのな
 かに、はめ込む。滑車形篏め込み式と表記する。これと比べればケツ状耳飾の方は、
 穴が小さくて済む。おそらくリング状になっているのは、上野原の影響があるものと思
 われるが、はっきしたことはわからない。桑野遺跡出土のものは、穿孔されているもの
 がかなり多く、欠損の近くであることから修理した可能性もある。ただ、数が異常に多
 く、石をリング状に加工するのは難しかったらしい。もちろん、リング状では耳たぶに通
 すことができないので、C字型に加工する必要があったから、余計そうだろう。整形し
 やすい土器ではなく、石であることに執着していることも、重要な情報のひとつである。

  標準的なケツ状耳飾は、全体としては双極文様のバリエーションと理解して問題ない
 だろう。中央よりやや上にある穴から垂直に切り込みが入る。棒と穴が、ポジとネガの
 関係にあることを前提にすれば、この表現は納得できる。桑野遺跡のものより、価値
 観に合うものだったろう。

  意図的に人体に加工することを、専門的には身体変工(しんたいへんこう)と呼ぶ。
 身体変工には頭蓋変形や入れ墨、抜歯(ばっし)や歯牙加工、耳朶伸長(みみたぶし
 んちょう)などがあるが、明確な身体変工を確認できるのは耳飾の登場によってである。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その55


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最終更新日2007年7月28日