曽畑式・神居式・トコロ6類
前期後半になると九州では曽畑(そばた)式が成立する。深鉢、壺様などの器形をも
つが、装飾については直線状の幾何学文様を描く。日本列島のなかでは唯一、縄文
地をもたず、半島南部から沖縄まで分布する。成立のプロセスについては、はっきりし
たことがわからない。

(日本の人類遺跡 日本第四紀学会編 63p 東京大学出版会)
前期は、いわゆる縄文的な要素が確立した時期で、つづく中期の成長基盤になった
とはいえるだろう。おおまかに南西から北東への文化的な大きな流れが存在する。し
かし子細に検討すると、前期での中核は、東北南部から中国・四国の大木式・諸磯式
・北白川下層式が分布する地域であり、この影響が東北北部と北海道南部の円筒下
層式、さらに道央部から北東部の文化域に拡大していることがわかる。一方、九州に
関していえば、あまり影響を受けていないように思える。

これらのことから、先行する隆起線文土器や尖底土器の文化のうえに、いわゆる縄
文的な文化様式が成立していることと、遺跡分布密度がひくい割に、近畿・北陸を含
む西日本が影響力をもっているといえる。逆に、東北北部や北海道は情報に対して受
け身という立場にある。少なくともこの時点では、文化の優越が、あまり人数に関係し
ていないことを示す。また、思想的背景を共有しつつ、かつ、その上に展開された新思
想が広がっていく、という構造になっていることは注意すべきだろう。
4.2 立体装飾土器文化中期
つづく中期はいわゆる縄文文化の核ともいうべき時代であり、前期の思想を受け継
ぎ発展していく。この時期の日本列島は九つの文化圏に区分される。
北海道東北部には、平底押型文土器が成立する。道南部と東北北部は円筒上層式
が分布し、東北南部にあった大木式は北部と南部域をやや拡大させる。関東東部で
は阿玉台(あたまだい)式、関東西部には勝坂(かつさか)式が登場する。北陸には上
山田・天神山式が、中部から九州東北部のひろい範囲に船元(ふなもと)式が盛行す
る。残りの九州島には阿高(あだか)式、沖縄には具志川(ぐしかわ)式などが分布す
るようになる。
神居(かむい)式は、オホーツク沿岸などの北海道東北部に分布する北海道押型文

(縄文時代研究事典 260p 戸沢充則編 東京堂出版)
系土器群のうちの円筒形をなすものを指す。編年的には、前期末あるいは前期末か
ら中期はじめごろに位置づけられ、まれに胎土に少量の繊維を含むものがあるが、多
くはシュブノツナイ式とおなじように砂粒が入れられている。砂粒を混入させる理由は
わからないが、石が細かく砕けたものが砂であり、阿久遺跡での祭祀対象のひとつ神
産巣日神(かむむすひのかみ)とおなじ理解なのかも知れない。あるいは食物を破砕
するという考え方につよい衝撃を受けたのかも知れない。口縁部がやや肉厚あるいは
貼付帯があり、装飾は横方向に回転押型文がつけられる。
下図は中期後半に出現するトコロ6類だが、道南部と東北北部に分布する円筒下層
式または円筒上層式と類縁関係にあることが器形からわかる。

(同上 337p 一部改変)
神居式とおなじように口縁部がやや肉厚であり、直下に窩文を一周巡らせる。これは

(同上 337p 一部改変)
トコロ5類でもおなじだが、トコロ6類では口縁部をやや外反させる程度の表現が、トコ
ロ5類では段差をつけてより強調される。見ようによっては前隆起線文土器文化期での

武者ヶ谷遺跡出土の土器に似ている。トコロ6類・5類は横走する装飾を数段重ねて
表現してあり、隆起線文とおなじように世界の多重性を表現しているのだと思われる。
斜め方向の表現は爪形文とおなじ理解だろう。
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隆起線文
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爪形文
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さらにトコロ5類では羽状縄文がつかわれており、胎土に多くの繊維を含むことで
は、羽状縄文系土器群とも、繊維土器とも、呼べる側面がある。
ちなみに、トコロ6類・5類をあわせて北筒(ほくとう)2式に分類されることがある。
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