比較文化史の試み 289


  船元式・阿高式

  もうひとつ。土器は黒板(あるいはホワイトボード)のようなもので、抽象を容易に扱え
 るという利点がある。ことばでは表現しづらい数学や概念を装飾で表現できる。この発
 見は大きい。おそらく現代日本人より、縄文時代の日本人の方が抽象論については
 巧みだったはずで、弥生時代はこれを継承する。伝統になっていたと考えていい。ま
 た、今まで見てきたように記憶媒体でもある。

  種明かしをすれば、簡単なことだと思うかも知れないが、問題はそれに気づくかどう
 かであり、了解できるかどうかにある。予定調和説はおろか因果説でさえよくわからな
 いようでは、抽象論はむずかしいだろう。ちなみに、予定調和説も因果説も、仮説にす
 ぎないので注意してもらいたい。真実ということではなく、ふたつの時系列にある事象
 をどのように捉えるかということであり、無関係ということもあり得る。

  新潟県西部から石川・富山県に分布する上山田・天神山式土器は、中期中葉ごろに
 盛行する。

(縄文時代研究事典 259p 戸沢充則編 東京堂出版 一部改変)

  装飾としては双極文様と渦巻きが主で、北海道西南部から東北北部に分布する円
 筒上層式に近い。簡素だが力強い様式美をもち、左右のバランスがとれていて、関東
 の阿玉台式や勝坂式のような混乱をみせない。文化的つながりが陸路ではなく、海路
 が主体にあることを伺わせる。

  中部以西の西日本では、船元(ふなもと)式が成立する。船元式は中期前葉から中
 葉にかけての型式であり、口縁部に突起が見られるものの、全体的に装飾は平面的
 であり、低調な印象を受ける。

(同上 372p 一部改変)

  Aの土器では木の葉の連続、@でその半分の波の装飾がつかわれている。あとは
 三角形や渦巻きなどの典型的なものといっていい。すべての土器について精密な調査
 をしたわけではないが、十字型ないしX字型の装飾はなさそうに思える。ただし、Eの
 装飾は、非常にめずらしいので言及しておこう。

  口縁部にある、おそらく五つの突起は、なかが空洞になっているようで、X字型の上
 半分ともいえるが、尖底土器とおなじ断面図にもなる。上面図からは、楕円にみえ、木
 の葉あるいは穴の表象ともとれる。一方、正面からみると、台形あるいは曲線の四角
 形、または頂上が平らな山のようにも思える。はっきり断定はできないが、外輪山を表
 現しているような感じがする。日本のカルデラを調べてみると、北海道の十勝岳、大雪
 山、福島県にある磐梯山、東京大島の三原山、鳥取の大山、熊本の阿蘇山と鹿児島
 の開聞岳ぐらいで意外に少ない。外輪山ではなく、火山とすれば日本各地にあり、火
 山信仰があったとしても別段不思議ではないのだが、そうすると他の文化圏に同様の
 表現がないのが説明できない。いずれにしろ、何か特異な事例であることは間違いな
 く、文化を分けるひとつの要因になっているようだ。

  九州の中期中葉に位置づけられているのが阿高(あだか)式で、船元式とおなじく、
 平べったい装飾が特徴になっている。

(同上 196p 一部改変)

  @では、胴部に渦巻きを組み合わせた装飾がみえるが、欠損していて全体像はわ
 からない。Aの土器の頸部にある装飾は、縦2段と横3段の連続となっているが、この
 隅丸方形のようなものが循環思想をあらわしたものか、他に資料がないので判断でき
 ない。ただ、数の組み合わせが2と3であり、他の地域が四角形と三角形の4と3であ
 ることを考慮すれば、違いを浮き立たせる。肩にある向かい合わせの双極文様は、上
 下に背中合わせになっており、循環を表現したものらしい。

  図案の構成要素はおなじような感じだが、羽状縄文ないし、それが発展した要素が
 欠けていることがわかる。これは数の組み合わせが2と3になっていることからも裏書
 きできる。Bは双極文様のバリエーションであり、Cの胴部にある装飾は渦巻きを縦
 に描いている。

  沖縄の具志川式などはいい資料がないので割愛するが、総じて西日本は貧弱とみ
 ていい。中期において、いわゆる縄文文化の担い手は、@東北南部から関東にかけ
 てであり、A東北北部と北海道西南部、北陸は周辺文化、B北海道道央部以北と西
 日本は辺境というような位置づけにある。もちろん、その善し悪しを問うているのでは
 なく、単なる縄文文化という価値の濃淡の違いをわかりやすく説明しただけだが。

  おもしろいのは、尖底土器文化期では南九州は先端地域だったのだが、中期になる
 と完全に脱落する。これは文化の問題を考えるうえで、ひじょうに興味深い。また、東
 北が縄文文化の中心地のようにいわれることがあるが、これは晩期の亀ヶ岡式土器(
 大洞B・C式)の成立を待たねばならず、前期・中期では過大評価といっていい。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その63


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最終更新日2007年8月8日