比較文化史の試み 295


  土偶と祖霊神

  一方、山梨県上黒駒遺跡からみつかったこの土偶は、いままでのものとは違い、明
 らかに人間の顔をしていない。

(土器の造形 100p 東京国立博物館編)

  まず、上唇がネコなどのように割れており、三つ口(あるいは兎唇)と呼ばれる形状
 になっている。つぎに耳が顔の両脇にあるのではなく、頭頂部にある。それから眼が
 鋭く切れあがっていて、いわゆるキツネ目≠ノなっていることから、おそらくキツネを
 表現したものと推察できる。

  ところが、逆に、手や胴体は人間風に表現されている。人間とキツネの合体である。
 前述のように、アイヌでは祖霊神としてクマやシャチなどの動物に仮託されて表現され
 てきた。だから、クマやシャチなどの家紋をもつ。おそらく縄文時代の日本では、イノシ
 シやシカ、クマなどがつかわれていたのだろう。ところが弥生・古墳時代になると、英
 雄(天皇)によって、つぎつぎに打倒されていく。イノシシやシカ、あるいはクマは狩猟の
 対象となり、天皇の敵になる。だから、どうしても家紋としてつかうことができなくなる。
 そういうプロセスがあったと考えていい。となれば、日本の家紋が植物なのは、母方(
 女系)が植物を家紋としていた可能性を示唆する。

  この動物を祖霊神として祀る考え方は、狩猟を社会的な求心力のひとつとしてもって
 いることと関わりがある。これと先祖祭祀が結びついて、より社会の結合を強めたもの
 と思われる。

  別の解釈の仕方は、半人半獣ということである。ギリシア神話のサテュロスは人間の
 上半身とヤギの足をもち、ケンタウロスは人間の上半身と馬の胴体という組み合わせ
 になる。エジプト神話では反対に、頭部がハヤブサなのがラー、ジャッカルがアヌビス
 であり、トキの頭部をもつのがトート神である。日本で、こういったキメラ的な存在として
 あるのは鵺(ぬえ)とか河童(かっぱ)だろう。ただ、キツネあるいはイヌの頭部をもつ
 神の話など聞いたことがない。寡聞にして知らない。狐憑きや犬神はあるが、あれは
 霊的存在であり、姿形が半人半獣ということではない。失われた神話なのか、もともと
 存在していないのか、きっちりと判断することはできない。

  もうひとつ重大な問題は、先祖祭祀は霊的存在を前提にすることだろう。

  石や木が、裏の世界や天の世界を結ぶ神学装置だとしても、向こうの世界にいく主
 体は肉体だろうか。おそらく、そうではないはずで、肉体をもったまま向こうの世界にい
 こうとするならば、死後の肉体を保持しなければならない。当時は、土葬であり、肉体
 はやがて土のなかで腐る。

  もともと太陽の軌道を観察することによって、時間と空間を発見するに到る。肉体は
 空間に座するものであり、連続体としての時間に座するものが霊ということなのだろう
 が、緻密な成立プロセスを描きだすことは、いまのところできない。ただ、霊という概念
 が高度な抽象性をもち、神学的に重要な役割をもつようになったことは否めない。これ
 は土偶に顔がつくようになったことにもあらわれる。顔が表現されるのは、個人あるい
 は識別可能なキャラクターをもち、それぞれが独自性を主張できることを意味する。こ
 れ以前が、世界の構造についての議論に終始していたのに比べ、個人を対象とするこ
 とが可能となったとみていい。いわば宗教による救済ができるようになる。シャーマン
 の役割が大きく転換する。

  先祖祭祀は、最終的に個人を発見させるからである。

(日本の美術2 土偶 原田昌幸著
 9p 至文堂)

(同左 4p)

  左は山梨県坂井遺跡、右は長野県目切遺跡出土の土偶だが、このふたつには共通
 点がいくつかある。上記の上黒駒遺跡出土の土偶の指が3本であるのに比べ、4本に

 なっている。3も、4も、神聖な数として扱われていることは、いままでの考察から了解
 できる。間違いなく神像と考えていい。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その69


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最終更新日2007年8月15日