比較文化史の試み 296


  土偶の装飾

  上黒駒遺跡の土偶をよく観察すると、細かなしるし≠ェ施されていることがわかる。

  像の右頬(向かって左になる)にある装飾は、上下に対になっている双極文様であり、

 北白川式土器の装飾とおなじでもある。一方、左目は何らかの特殊な意味合いをもっ
 ているらしく、丸と、おそらく渦巻きで飾られる。

  また、頭頂部にある出っ張りは、文字通り山≠意味する。世界を上下にわける
 考え方が基調にあれば、つねに高いか、低いかという判断が意識化されるようにな
 る。雲も、山も高いものとして、天に近いものとして神聖視されるようになる。山といっ
 ても、ひとつの山ではなく、三つの頂(いただき)をもつ連山であり、中央がもっとも高
 い。右と左の比較では、おそらく右の方が高いだろう。ただし、誤差の範囲内であり、
 断定はできない。

  この装飾は冠と考えていいのだろうが、問題はそこではない。上下にわける考え方
 が成立することにより、比較するという思想が派生しているということである。比較すれ
 ば、相違を発見するようになるのは、当然だろう。彼我のちょっとした違いが、大きな
 文化間の壁として立ち上がってくるようになる。いや、違いを発見することにより、自己
 防衛的に文化間障壁をつくりだすようになる、とうべきかも知れない。

  前述の坂井遺跡・目切遺跡出土の土偶も、頭頂部は山なり(山形)になっていて、全
 体として三角形を表現したものであることがわかる。山と3という要素はおなじだが、組
 立が異なり、比較するという表現は含んでいないようだ。

  それから、眼と口の2:1と、耳がない代わりに鼻の穴がふたつある。鼻の穴がよく
 みえる生き物は何だろうか。鼻が印象的といえば、ブタだろう。もちろん、ここではブタ
 でなく、イノシシだが。そう考えると、ハート状の指の表現はわかる。イノシシは偶蹄目
 であり、足跡に二本の指が残るからである。ハート形は、もちろん双極文様のバリエー
 ションのひとつでもある。

  このふたつは、(イノ)シシ神の神像と解釈して問題ないだろう。

  さらに、長野県目切遺跡から出土した土偶の左目をよく観察すると、縦方向に小さな

 切り込みがはいっていることに気づくだろう。左目は十字型になっている。この十字は
 円筒上層式の装飾とおなじだが、もちろん意味合いは異なる。木の要素をもたず、羽
 状縄文から生まれた神聖なものということなのだろう。いずれにしろ、右目の横棒(一)
 と、左目の十字が、一対として理解されていることがわかる。そして、古代日本人にと
 って、左目は特殊な存在である。

  古事記には、伊邪那伎命(いざなきのみこと)が死んでしまった伊邪那美命(いざな
 みのみこと)を黄泉の国に迎えにいく話がある。ところが、変わり果てた伊邪那美命の
 姿をみてびっくり仰天し、伊邪那伎命は逃げだしてしまう。伊邪那伎命が、けがれを落
 とすために川で禊(みそ)ぎをすると、つぎつぎに神々がうまれてくる。

  ここに左の御目(みめ)を洗ひたまふ時成りし神の名は、天照大御神(あまてらすお
 ほみかみ)。次に右の御目を洗ひたまふ時成りし神の名は、月読命(つくよみのみこと
 。次に御鼻(みはな)を洗ひたまふ時成りし神の名は、建早須佐之男命(たけはやす
 さのをのみこと)

(古事記上 次田真幸 68p 講談社学術文庫)

  弥生・古墳時代編でも説明したように、ネコの目は夜、光を受けて反射する。これは
 少ない光量の夜間でも、光を集中させて獲物を探しだすためで、ネコに限らず、多くの
 狩りをする動物にみられる。まるく輝く目と、まるく輝く太陽と月は、類型として扱われる
 ことは不自然ではない。そして重要な左目から太陽神である天照大御神が生まれ、右
 目に月が位置づけられる。また、ナウマン象やマンモスからイノシシ、イノシシから須佐
 之男命(すさのおのみこと)へと畏怖の念が継承されていく。だから、須佐之男命は鼻
 から生まれる必要がある。

  もちろん、この時点で古事記の話が整備されていたというのではない。前段階、ある
 いは前々段階としての原初的な発想が形成され蓄積されつつある、ということであり、
 ようやく、ひとつの謎が解けたにすぎない。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その70


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最終更新日2007年8月16日