比較文化史の試み 297


  のっぺらぼうと煙

  山形県の西ノ前遺跡で見つかった土偶は、これまでものとは違う様式をもつ。

(日本の美術2 土偶 原田昌幸著 5p 至文堂)

  いままで見てきたように顔は神格を判断するのに重要な情報を提供してくれる。とこ
 ろが、この土偶には顔そのものが表現されていないから、何とも判断のしようがない。
 立像であることの他に、大したことがわからない。わからないが、いままで見てきた土
 偶とおなじように煤が付着しているから、低温の炎による焼きを受けていることがわか
 る。煤が焼成時につくことはまれにあるが、どれもこれもつくということはあり得ない。
 このことは土偶をつかった祭祀には、火で焼くというプロセスが含まれていることを示
 唆する。

  前述のように、アイヌでは火の神をカムイフチという。このカムイフチは、願いを神々
 に伝える役割をもつ。なぜ火の神が伝言役になるのかハッキリしないが、おそらく煙が
 空に立ちのぼるからだろう。上下に空間をわけた場合、煙は森や山よりも高くあがる。
 となれば、下と上を結ぶ力があると解釈されるようになっても不思議ではない。土偶祭
 祀に火が関わっているのは、そういった理由からだろう。

  関東で撚糸文系の尖底土器をつくっていたころ、初期の土偶が登場する。ところが、
 これは東関東での話であり、隣接する西関東では土偶はつくられていない。前期にな
 ると、ほぼ全域でつくられるようになるが、中期になると、東関東では一部を除きつくら
 れなくなる。土偶は土器とは違い、ある種の目的をもってつくられるから、必要ないとこ
 ろでは、徹底的に必要ないのだろう。この結果、地域や時期によって分布に相当のバ
 ラツキを生じる。

  ところが、アイヌには人形をつくらないという約束事があり、北海道西南部を除き、土
 偶の出土例がほとんどない。前述の上野原遺跡を除けば、近畿より西側では晩期に
 ならないと土偶は出土しない。そうすると、土偶をつくる文化がなかったのか、必要な
 いからつくらなかったのか、つくってはいけないからつくらなかったのか、緻密に区分す
 ることがむずかしい。土偶が出土しない、という事実があるだけだからである。上述の
 西ノ前遺跡の顔のない土偶は、神像をつくること自体に問題がある、と考える人々の
 存在に配慮した結果ではないだろうか。

  もうひとつ補足しておけば、弥生・古墳時代編でみたように、イノシシやシカ、あるい
 はクマは、神と呼ばれるのにふさわしい存在だった。これが英雄に打倒されることに
 よって、狩られる存在となり、家畜になる。このプロセスが理解できれば、現在、妖怪と
 か、怪物とか称されているものの多くが、もともとは神だったろうことは、容易に想像で
 きる。背が高く顔のない化け物といえば、のっぺらぼう≠セろう。ただ、のっぺらぼう
 がどのような神格をもっていたのか、はっきりしない。顔のない、のっぺらぼうだからで
 ある。

  下の写真は縄文のヴィーナス≠ニ呼ばれる土偶で、長野県にある棚畑遺跡から
 みつかった。

(同上 1p)

  これも出土地から判断すれば半人半獣なのだろうが、目が極端につり上がっている
 ことを除けば、動物としての性格が失われている。より人間に近い存在になったという
 ことなのだろうが、神格がはっきりしない。あるとすれば、上半身が十字型になってお
 り、木の神の可能性はある。

  この時期の土偶が、上半身と下半身がそれぞれ誇張されて表現されているのは、前
 期での上と下に分けるという考えから派生する。分かれてしまった世界を、こんどは接
 続する必要がある。煙はそのために再解釈され、土偶は世界を接続するために生ま
 れてくる。となれば、のっぺらぼうは、背が高いというところに、神としての役割がある
 のかも知れない。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その71


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最終更新日2007年8月17日