対称弧刻文
この土偶の下腹部ある区画は、対称弧刻文(たいしょうここくもん)と呼ばれるもので、

勝坂式土器の分布圏でよくみられる。

山梨県鋳物師屋遺跡出土
|

山梨県坂井遺跡出土
|
長野県にある棚畑遺跡出土の縄文のヴィーナスでは、中央にある区画線が存在しな
いが、基本的におなじといっていい。

つぎは、この対称弧刻文成立プロセスについて考察しておこう。
*
前期の土偶が神聖な数3と2によって構成されていることは、前に述べたとおりだが、

それは同時に、抽象的な意味では五角形でもある。この前の段階では三角形に乳房
を表現したものであり、いわば上半身を表現する。ここに下半身が加わったと考えても
いいのだろう。東北の板状土偶とは異なり、十字型をしていない。全体形状を五角形
とし、それぞれに対角線を引くと、星型があらわれる。まるで土偶の姿そのものだろう。
中心を胴体にすれば、上の三角形が頭であり、左右の三角形が両腕、両脚にそれぞ
れ該当する。しかし、彼らが注視したのは、そこではない。五角形のなかに、下向きの
小さな五角形が隠されているという不思議な事実である。

大きな五角形を正位とすれば、小さな五角形は逆位である。ふつうの分娩では、人
間は頭から出てくる。母親の体位とは逆になる。ただ、そんなことはどうでもよく、もの
ごとの本質が内在されているとする考え方が重要だろう。
上下に分割された世界で、世界を統合する唯一の存在としての人間が、人間として
の役割が再定義され、世界存在を保証する。世界は存在しなければならない。おなじ
ように人間も存在しなければならない。秩序はあってあるものだが、それを見つけだす
ことができるのは、人間以外にあり得ない。それが人間存在の保険である。世界構造
がもつ法則の発見。これを再解釈することで、サケ、ドングリなどの堅果類、タコなどを
食することが可能になっていく。
つづいて人間存在のなかに法則を発見するに到る。これが外面化したときに、法律
が成立するようになる。もちろん、ここでいう法律は明文法ではなく、慣習法のことを指
す。レウェレンは、首長制には非公式の法や罰があることを指摘するが、部族社会で
は、リネージ(先祖を共有する集団)やクラン(氏族・系譜が限定的)に権力行使の決
定権があるとも述べる。つまり、部族社会では、決定権が個人に付属していないだけ
だともいえる。この慣習法は、社会構成員の共通理解によって形成されるのだろうが、
人間の内面に法則性を発見することによって正当化されたものらしい。
北海道に成立した首長制類似の体制と異なる点であり、その後の様相をわける決定
的な要因のひとつになったのだと思われる。
もちろん、こういった解釈に異論はあるだろうが、大まかにみれば、以前が世界構造
に対する探求であるのに比べ、性の発見以降は人間に対する探求に転換する。た
だ一方で、土偶の顔をみてもらえばわかるように、動物の性格を強く残していて、道南
部・東北北部とはやや異なる。人格神は先祖祭祀と結びついた方が成立しやすいは
ずだが、人間性の探求という意味では、先祖を動物とする方が違いを意識化しやすい
のかも知れない。

ちなみに、山形県西ノ前遺跡出土の土偶にも、下向きの五角形の装飾がつかわれ
ており、土器と土偶の分布は必ずしも一致しない。地域間の交流を含めて、謎が残る
部分ではある。
*
さらにおもしろいのは、五角形の中心点とそれぞれの角を結ぶと、三角形が5個でき
る。この5個がそれぞれどういう意味か、説明不要だろう。頭と両腕、両脚に他ならな
い。下向きの五角形は、胎児が身を屈(かが)めている状態をあらわす。下腹部に五角

形の装飾が施されているのは、そういった理由からである。しかも、五角形を三角形と
四角形に区切る。数でみればひとつの三角形とふたつの四角形であり1:2となる。同
時に三角形は1:2であり、四角形は2:2の対比構造をもつ。この上位構造が1:2の
対比構造をもつということである。これは世界と人間の整合性が求められた結果だと
みることができるだろう。正式には、これを対称弧刻文と呼ぶが、基本的な概念は下
向きの五角形とおなじである。
*************************************
|