比較文化史の試み 300


  人面装飾付き深鉢

  勝坂式土器には、土器と土偶を合成させたような人面装飾をもつ深鉢が発見されて
 いる。写真は山梨県御所前遺跡から出土したもので、口縁部にひとつ、胴部に前後ふ
 たつの人面がある。

(土器の造形 180p 東京国立博物館)

  いままでみてきたように、口縁部の突起は2とか4あるいは5個などが多い。これは
 世界構造の要素のひとつを数として表現する約束事があるためで、貫通穴をつけた
 注口土器以外に1を表現したものは存在しない。この土器は意図的に突起部を1にし
 ており、再評価されたものと考えていい。先祖を突き詰めていくと、一個人に到達す
 る。いわば個別性の発見でもあり、個人の再発見でもある。

  また、胴部の装飾は、上下左右に循環思想をつないだもので、このあいだに十字型
 があることは、すぐに了解可能だろう。この交差するところに顔があり、裏側にもおなじ
 ように、もうひとつの顔がある。

  このことから、世界をつなぐ者、という意味があることがわかる。この十字型の下を変
 形させ、足にする一方、全体として大字型(5本・五角形)にする。

  口縁部にある顔は鼻を表現してあり、イノシシと考えて問題ない。顔のまわりの装飾
 に5個の穴があり、五角形を意識していることがわかる。ただ、この五角形は、上が三
 角形、下が台形という組み合わせであり、正五角形ではない。見ようによっては、仏像
 のうしろにある飛天光、あるいはキリスト像の光輪を思わせる荘厳さをもっている。

  装飾の基本的要素は、いままで説明してきたものとあまり違いはない。あたらしいの
 は四角に円を組み合わせたものがあることで、意味性ははっきりしない。はっきりしな
 いが、口縁部にある顔も極端に丸く、類似の関係にある。

  足にあたる部分もおなじように円がつかわれる。通常、このような場合はぐるぐるとま
 わる渦巻きを図案にする。ところが、この土器ではそうではない。何か別の要素が出
 現しているようだ。

(同上 182p)

  塗彩(とさい)土器は、諸磯式(関東)や北白川下層式(九州を除く西日本)土器が盛
 行する前期後半以降に普及する。顔料としては、酸化第二鉄(ベンガラ)が多くつかわ
 れるが、水銀朱(硫化水銀)がつかわれていることもある。漆塗りの例としては、福井
 県鳥浜貝塚で、黒漆の地に赤漆で文様を描いた土器がみつかっており、おそらく最古
 だろう。

  ここで文化人類学者のバーリンとケイが見つけだした色彩語彙(ごい)の規則性を思
 いだしてもらいたい。

  @すべての言語に共通して白と黒の2色がある。

  A基本色彩語彙が3つの場合、3色目は必ず赤である。

  九州では、弥生時代がはじまる直前に黒色磨研土器が盛行する。山の神に捧げる
 ためであり、弥生時代になると赤く塗られた弥生式土器が登場する。赤は太陽神を意
 味し、それと同時に赤を発見する。ところが、前期の諸磯式や北白川下層式では、赤
 漆ないしベンガラの塗彩土器が、すでに存在する。このことは、いわゆる縄文文化が
 九州に及んでいなかったことを意味する。

  この土器は長野県月見松遺跡でみつかったもので、口縁部にある装飾では、左右と
 上部の三箇所に切れ込みが入る。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その74


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最終更新日2007年8月21日