比較文化史の試み 301


  人面装飾付き深鉢その2

  胴部には、臍(へそ)のような突起を中心にして、同心円状に円を描く。さらに三角形
 を合成させる。三角形は上にあるものという意味だろう。

  さらにV字型に縦棒がつく。この装飾が成立するプロセスは、太陽が多重空間をどの
 ようにして移動するか、という問いを継承している。

  上下に分割された世界を、斜めにあるいは垂直に移動できるものは何だろうか。チ
 ョウやトンボなどの昆虫もいるが、やはり鳥だろう。鳥は森や山より高く、雲のなかまで
 飛ぶことができる。下の世界と上の世界を自由に行き来できる存在である。煙が願い
 を神々に伝える役割をもつのなら、さらに不思議な生き物だろう。

  ところで、この装飾どこかで見たことがないだろうか。

(日本の美術3 弥生時代の装身具 37p 岩永省三著 至文堂)

  この土器片は岡山県新庄尾上遺跡から出土したもので、広げた両手の指が3本に
 なっている。弥生・古墳時代編で考察したように、鳥(サギ)の足跡でもあり、太陽神の
 トレードマークでもある。

  もちろん、長野県月見松遺跡出土の土器の方が、2千年ほど古い。しかも、実際は
 多重空間の移動方法を合成させた装飾なのであり、短絡的な理解により背後の思想
 は失われている。

  細石刃期の長野県上ノ原遺跡では、太陽を祀る伝統があったことは、前述の通り。

  この伝統の上に、隆起線文土器文化や尖底土器文化が成立する。焼畑や栽培農法
 で植物を育てるようになると、陽当たりや気温が問題になるのは、あたりまえかも知れ
 ない。長雨がつづけば病気になりやすく、植物は光合成をおこなえないから実も小さく
 ならざるを得ない。ただ、旧石器時代の太陽祭祀とおなじかどうか問われれば、まった
 く違うと答えるしかない。旧石器時代のそれは物理的に存在する太陽であり、この時
 代の太陽神は人格化された抽象概念だからである。

  左右と上部の三箇所に切れ込みは、日の出、昼、日の入りということなのだろう。

  もうひとつ。人面装飾をもつ深鉢も土偶も、顔がすべてイノシシ風になっていて、顔だ
 けでは必ずしも神格を判別できない。むしろ、イノシシ・先祖・太陽が合成された、とし
 か説明ができない代物である。1に集約するといった意識が存在するのか、断定はで
 きない。

(土器の造形 186p 東京国立博物館)

  この人形装飾付有孔鍔付土器は、神奈川県の林王子遺跡から出土した。相変わらず

 左右の表情に極端な違いがあるが、どうも意図的なものらしい。残念ながら、理由は
 わからないが、シンメトリー(左右相称)を崩すことに目的があるように思えてならな
 い。帽子あるいは頭飾りのようなものの先端は、イノシシの足跡を変形させた4であ
 り、手の先は3となっている。複合化されているとはいえるだろう。いずれにしろ、神格
 化された存在であることは間違いないようだ。

  全体を傍観すると、何となく左右対称のようにも思える。両側にある装飾をよくみる
 と耳をモチーフにしたデザインになっており、しかも両側とも左耳である。左を重視して
 いることは何度か述べているが、おそらく眼や耳だけでなく、左手や左足もそうなのだ
 ろう。耳は聞くということであり、装飾から考えても、太鼓としてつかわれた壺だと考えら
 れる。

  また頭部の装飾に横方向の穴があり、先祖や死者と交霊するために、世界をつな
 げる役割をもった神なのかもしれない。この場合は、太鼓をつかってシャーマンをトラ
 ンス状態にして、超自然的存在と交流し、予言や祭儀などをおこなうことになる。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その75


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最終更新日2007年8月22日