比較文化史の試み 304


  垂直構造と記号

  古事記は、伊邪那伎命(いざなきのみこと)が禊ぎをして天照大御神がうまれたと
 き、つぎのように言ったと伝える。

  汝(いまし)(みこと)は高天原(たかまのはら)を知らせ。

  知らせ≠驍ヘ、支配するという意味である。高天原は天上界というところか。天照
 大御神と高御産巣日神(たかみむすひのかみ・木の神)の命令を受けて神々が平定し
 ようとする場所が、地上としての葦原中国(あしはらのなかつくに)に他ならない。

  一方、八十神(やそかみ)に迫害を受けた大国主神(おおくにぬしのかみ)は、須佐
 之男命(すさのをのみこと)のいる根の堅州国(かたすくに)≠ノ行く。黄泉の国のこ
 とだが、なぜ根の国と呼ばれるのか、説明不要だろう。そして、高御産巣日神が、天
 照大御神と同列に並べられるぐらい重視されている理由もわかる。高御産巣日神は、
 ずばり宇宙樹(ユッグドラシル)とおなじだからである。世界構造の中核が高御産巣日
 神に他ならない。

  この垂直構造は、いわゆる縄文中期に形成される。

  それから、須佐之男命は武力の表象でもあるが、同時に死者の国に住む。武力と死
 が密接な関係があるとはいえ、死は武力を意味しない。事故死もあれば、寿命もあ
 る。また、政治力行使としての暴力は死をもたらすとは限らない。前述のように、ある
 種の首長制では、相手を殺害することを目的にしない。武力と殺害(死)が直接的に結
 びついたときに、戦争としての冷酷さ、苛烈さが出現する。

  もともと須佐之男命は、伊邪那伎命に海原を支配するように命じられる。

  太陽が西の穴から地下トンネルを通って東から出てくる、というのは、内陸の人間が
 考えることである。日本近海で漁業や海獣を捕獲する人々にとって、太陽は西の海に
 沈み、東の海からでてくるだろう。太陽は、地下トンネルではなく、海中トンネルを通っ
 て移動しているはずである。だから、須佐之男命は、海原を支配するように命じられ
 る。根の堅州国とおなじだからである。とはいうものの、地上で生活し、墓も地中にあ
 る。彼らにとって、黄泉の国は海中にあり、海の向こう側に裏の世界がある。

  ところが須佐之男命は、高天原で乱暴狼藉(ろうぜき)を働き追放されてしまう。出雲
 で八俣大蛇(やまたのおろち)を退治し、結局、須佐之男命は母、伊邪那伎命(いざな
 きのみこと)のいる黄泉の国にいく。武力によって海を支配することができないというこ
 とでもあるが、弥生文化が稲作でもあり、また土地に縛られる農民の力を結集させる
 側面をもっており、海から陸の文化に移行した証でもある。

  月読命(つくよみのみこと)は、夜の食国(をすくに)を支配するように命ぜられる。天
 照大御神の高天原と須佐之男命の海原。考えてみれば、奇妙な取り合わせだろう。
 夜の反対は昼、海の反対は陸になる。昼の天照大御神、陸(葦原中国)は天照大御
 神が支配するでは、天照大御神の独り勝ちにならざるを得ない。

  おそらく、月読命の夜の食国も、須佐之男命の海原とおなじように外れた存在だか
 らだろう。夜は空間ではなく、時間に属する。夜という事象だからである。ところが古く
 は、夜は昼と対立する存在であり、裏の世界に属している。これが昼と夜の一日に統
 合されることによって失われる。

  要するに、信仰対象がつぎつぎに打倒されていくということであり、葦原中国平定に
 失敗した高御産巣日神も格下げになる。

  ここに高御産巣日神・天照大御神の命以ちて、(以下略 147p)
  ここをもちて高御産巣日神・天照大御神、(以下略 148p)
  かれここに天照大御神・高御産巣日神、(以下略 148p)
  天の安河の河原に坐(いま)す天照大御神・高木神の〜(以下略 149p)

(古事記上 次田真幸著 講談社学術文庫)

  もどろう。

  いままで、さまざまな記号を抽出してきたが、ここで一旦整理しておこう。意味につい
 ては、すでに説明した通りである。

  記号論からいえば、日本は漢字の世界ではなく、アルファベットの世界に近い。漢字
 を導入した後、ひらがな・カタカナをつくったのは、過去回帰、あるいは伝統に戻っただ
 けである。

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考古学からみた古代 (縄文時代編) その78


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最終更新日2007年8月25日