8字形付点文と双口土器
後期になると三内丸山遺跡のような大型集落はつくられなくなる。ひとつは寒冷化に
よる自然環境の悪化により、分散化した方が生活しやすいことが改めて認識されたこ
とがあげられるだろう。一部に焼畑や栽培農法による食料の生産、あるいは海洋生
物、サケなどの捕獲などが、狩猟採集民の人口密度をはるかに超えて人口増加してし
まい破綻を招いたことは事実である。
しかし、本質的には墓地を集落から分離させたことが影響している。墓地を中心とし
た環状集落を形成させると、墓地の大きさによって集落の大きさが決定される。集落
が大きくなると墓地も比例して大きくならざるを得ない。その結果、大型集落に発展し
ていくが、一方で極端に集積されるようになる。この環状集落から墓地を抽出すること
で、ネットワーク型の社会を構築することが可能となる。ひとつひとつの集落は小さくと
も数が多ければ、ひとつの大型集落より構成員は増える。広域に分散することでリス
クもある程度は回避できるだろう。
ところが、実際は減少傾向に歯止めが掛からず、文化的にも衰退へと向かいつつあ
ることは否めない。少なくとも、前期や中期がもっていた活力が失われ、変質していく。
それまで自分達がやってきたことへの懐疑であり、いわゆる縄文文化への不信だった
のだろう。
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下図は十腰内式土器だが、装飾の要素としては、あたらしいものは出現していない。
ただ表現方法として、V字型などの要素を直接描くのではなく、縁取りであらわす。磨
消縄文と相通じる思想だと考えて問題ない。

(縄文時代研究事典 戸沢充則編 335p 東京堂出版 一部改変)
前に話したように壺の定義がよくわからず、丸い胴に細い口という、いわゆる壺の形
状もかなりあいまいなところがあった。このフラスコ形の土器は、もっとも壺に近いもの
といっていい。これなら壺と言っても、誰もが納得するだろう。壺は農耕と関係が深く、
弥生期の主な土器のひとつといっていい。数は少ないが、農耕の顔がチラリと見えは
じめている。壺は穀物などを保存するための土器であり、蓄積するという役割をもつ。
このことは時間に対する意識が変化していることを示す。失われるから、保管するので
ある。

(同上 328p)
綱取式は東北南部の後期初頭に出現する土器型式であり、注口土器や蓋(ふた)な
ども共伴する。蓋の発生プロセスはよくわからないが、目的でいえば、@虫や埃(ほこ
り)などから内容物を守る、A乾燥を防ぐ、B内容物を隠す、といったところか。形状は
鍋の蓋のように円盤に把手(とって)をつけたものが一般的だろう。あるいは急須(きゅ
うす)の蓋のように、傘状に傾斜したものか。これらの場合は、C熱を逃さない、D蒸
すという役割がある。思想的に壺と近い関係にあると解釈してもいいのかも知れない。
装飾的には、右側の土器の口縁部に、ふたつの丸を線でつなげる、というのがあ
る。これはあたらしい。U字型あるいはJ字型を上から見おろすと、穴がふたつになる
だろう。もちろん、人間が死んで地下世界から裏の世界に生まれ変わるプロセスであ
り、これが上から見えるというのは、天から見おろした場合に成立する。天に視点があ
る。では、見おろしている者は誰か。太陽神などの神々だろう。

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下は堀之内2式土器に特有と考えられている8字形付点文(はちじがたふてんもん)
(同上 154p)
と呼ばれるものだが、綱取式の口縁部にある装飾は、ひとつのバリエーションと考えら
れる。また、中期中葉ぐらいから双口土器(そうこうどき)という奇妙な形状の土器がつ

茨城県陸平貝塚出土
(土器の造形 71p
東京国立博物館)
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福島県三貫地貝塚出土
(土器の造形 72p
東京国立博物館)
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くられるようになるが、器の全体形状がU字型ないしV字型の特殊な形態のものは後
期になってから登場する。双口土器(ものによって双子土器と呼ばれるものもある)
は、側面から見ることが多いが、上から見れば穴がふたつになることは明白だろう。も
ちろん、穴がふたつ開いているだけでなく、つながっていることが肝要だが。
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