筒形土偶と世界観
だが冷静に考えてみれば、この話はどこかおかしい。
表の天・地上・地下と、裏の天・地上・地下を結ぶにしても、単純に考えれば、穴は5
個あれば事足りるはずである。

ところが実際は6個の穴をもっている。それぞれの世界に穴がひとつづつあれば、裏
表で6個になる。これは正しい。これを組み合わせて一体化させるのだから、必然的に
穴がひとつ余る。もうひとつは、前述のように、死んでも直ちに裏の世界には行けないと

理解されていたことがある。一旦地下世界に行き、裏の地下世界を通過してからでな
いと、裏の地上世界に生まれることができない。

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| この土偶の装飾を@から順に追っていくと、@・B・Dまで一繋がりになっていることがわかる。接続されている。Dのつぎは地下世界をぐるりと迂回して、Cに到達する。Cからは逆走してAへと向かう。ところが一番上の穴には接続されない。ふたつの乳房と穴がつくる三角形を囲むようにめぐり、@に戻る。 |

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@・B・D・C・Aで、@に戻る。これを繰り返すことになるが、循環思想はすでに存
在するから別段不思議ではない。ところが、裏の地上世界に生まれ変わったとしよう。
つぎに行くのは裏の天になる。天は神々が住むところではないだろうか。人間が天の
世界に生まれ変わり、神々になる。
考えようによっては、恐るべき涜神(とくしん)思想だが、逆にいえば、神々の絶対性
が確立していないことの証明でもある。もうひとつは、先祖の肉が地をつくったと理解さ
れるようになったことも関係している。先祖祭祀は、先祖の神格化をもたらす面がある
ことは否めない。神の人格神化と先祖祭祀は密接な関係があり、自動車の両輪のご
とく、連動して発達するからである。
統合された世界のなかで、循環思想に関係のない穴がひとつだけ存在する。
仏教の世界観は、輪廻(りんね)のなかで転生する≠アとを前提にする。ところが
解脱(げだつ)してしまうと、因果説から抜け出てしまい、転生しなくなる。転生するのは
罪の証そのものでもある。それはともかく、仏教はどこから解脱という着想を得たのだ
ろうか。残念ながら、それはわからない。
それはわからないが、この土偶を解読すると発想のヒントがあることがわかる。分断
された世界をひとつに統合しようとすると、穴の数がひとつ余る。これは他の穴とは違
い結ばれていない。この穴を出入りする者は、自由にどこでもいくことができる。どの
世界にもいくことができる。
概念的には、縦笛または横笛に近いものだろうか。これにそれぞれの世界が接続さ
れている。尺八の場合、歌口(うたぐち、息を吹き込んで音を出すところ)がひとつで、
表に指孔4個、裏に指孔1個で、計6個の穴をもつ。この土偶のように、裏に孔がふた
つあると、当然、親指で押さえたり離したりしなければならず、両手の親指を一緒に離
すと笛が落ちることになる。それでは、楽器としてつかえないだろう。古来の大和笛(や
まとぶえ)では、歌口1個、指孔6個となる。これらは楽器として整備するうちに、変化し
ていったものと思われる。
また、人籟(じんらい)ということばがあり、籟は虎落笛(もがりぶえ)のように物と風に
よっておきる音を指し、人籟は人が奏(かな)でることをいう。この籟は、三つの穴のあ
る笛だとされているが実態は、よくわからない。いずれにしろ、後期ごろに笛が登場し
たと考えて問題ないだろう。
笛は本来楽器ではない。弓が狩猟道具でもなければ、楽器でもなく、太陽神の託宣
を聞くための神学装置であることとおなじである。太鼓も同様であり、シャーマンは別
の面でいえば、演奏家や音楽家でもあり、また楽器の工房でもある。政治家、思想家
画家、造形家、哲学者などなど、これらが分化し専門化する過程で抜き取られていく。
現代のシャーマンは、いわば出涸らしのお茶のようなもので、ほとんど何も残っていな
い。ここを基準にすれば確実に判断を誤るので、注意すべきだろう。
もともとシャーマンは他の世界に移動することができる。シャーマンは肉と霊を分離さ
せて、霊が他の世界を訪問する。これは肉と霊が分けて考えられるようになったため
で、これ以前のシャーマンは世界構造の解読者、法学者、哲学者である。これを継承
しつつ、神学的な、あるいは形而上学的な世界に到達している。少なくとも関東に限れ
ば、輪廻と解脱の基本的思想は存在する。シャーマンは、あらゆる世界を自由に行き
来できなければならない、という要請から生まれてくるのである。
前に、アルファベット類似の記号が存在していることを指摘したが、古代インド人が
考えつくことを日本人が考えついても何ら不思議ではないだろう。インドとギリシアは論
理的結論は両極端だが、論理的思考をもつという意味ではおなじであり、インド・ヨー
ロッパ語族で一括できる。むしろ、中華的世界観の方が異質といっていい。
また弥生・古墳時代編で考察したように、古代エジプトとの類似点もある。太陽神の
通る穴、それを守るヘビ。女神とヘビの組み合わせは、ペルセウスに退治されたメデ
ゥサが有名なところだろう。髪がヘビになっている女でもあり、首を切られた胴体から
は天馬ペガサスが生まれる。こういった試行錯誤は、どこでもやることらしい。

(土器の造形 105p 東京国立博物館)
ここでもうひとつわかることは、中期に土器の装飾表現で競われていた思想が、土
偶、つまり神像の作成に移行していくことだろう。このことにより、土器装飾に掛ける時
間より、土偶製作に重きが置かれるようになっていく。人格神化が進んだということで
あり、具体的に造形として表現できるところまできている。つまり、キャラクターとして神
話の整備が進みつつある証拠であり、伝承が整いつつある。
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