『悲しき熱帯』を読む
レヴィ・ストロースの構造主義が端的に表現されているのが『悲しき熱帯』で、これを
つかって考察を深めておこう。テキストは中央公論社から発売されている中公クラシッ
クスのものである。訳者が川田順造氏で、両者の交友はつとに有名であり、おそらく
もっとも最良のものと考えられるからであり、後述するが序文におもしろい情報がある
からでもある。
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日本人の同僚たちが、彼らの歴史を解く一つの鍵として私に教えてくれた、あの「二
重の基準」による理由付けの一例を、私はそこに見出せるように思うのです。(中略)
なぜなら、この「二重の基準」は時間の次元にも適用されるからです。驚異的に高
速の進化によって、日本は西洋世界が何世紀もかかってたどった道のりを、数十年
で経過しました。そのおかげで、日本は精神的な根源との緊密なつながりは保ったま
ま、近代化することに成功したのです。
(悲しき熱帯T レヴィ・ストロース著 川田順造訳 6〜7p 中央公論社)
おそらく、この「二重の基準」は単純な二項対立のことだろう。前述のように、日本は
三三九度であり、合理が単純成立しない。これは1:1の一夫一妻制と2:1の二夫一
妻制が共生していたことに関係する。一夫一妻制も二夫一妻制も、それぞれ二項対
立で説明でき、同時に共存していることも二項対立で説明ができる。いわば二重の二
項対立の構造があり、1:1の二項対立を1として、さらに1:1にする。従って要素とし
ては3になる。

三三九度は3×3であり、二重二項対立をもう一段対立させることによって成立す
る。つまり三重二項対立によって形成される。わけのわからない世界だが、それでい
いのだ。日本人は、中国人や欧米人のように二項対立を矛盾と感じない。より上位で
は統一されてしまうからである。倭+中国=日本であり、江戸文化+西欧文明=近代
日本だからでもある。
アメリカに進化論論争というのがあり、コチコチのクリスチャンは進化論を認めず、
学校で進化論を教えたりすることを拒否する。聖書によれば人間は神が創造したと書
かれているのに、進化論ではサルから派生したことになってしまう。この対立が出てく
るのである。一方、山本七平先生がアメリカ軍に捕虜になったとき、進化論をしつこく
教えられたそうな。日本人は神話を信じていて、進化論なんか知らないだろう、という
ことだが、そんな当たり前のこと教えられて猛反発。面食らったのがアメリカ人。これ
は矛盾のわからない子供だと理解した。日本人は科学(サイエンス)が宗教だとは思
っていない。別々のものだと考えている。だから、平気なのである。
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おそらく、書かれた歴史が比較的新しい時代に始まったために、日本人は歴史を神
話のなかに根付かせるのでしょう。そのことを私は、あなた方の最も古い神話の舞台
となった九州で確信させられたのです。この段階では、歴史性という問題は提起され
ません。
(悲しき熱帯T レヴィ・ストロース著 川田順造訳 7p 中央公論社)
レヴィ・ストロースの直観が正しいかどうかは別にしても、神話と歴史を対立したもの
と捉えていることがわかる。この意味で欧州人は見事な断絶をみせる。キリスト教が
布教されると、先祖から伝えられてきた神話と断絶してしまい連続性をもたなくなって
しまう。人造的につくられたキリスト教という神話によって、置き換わってしまったので
ある。高等宗教によって原始宗教が駆逐されたといってもいい。ところが日本では、こ
れが起きていない。儒教は下部構造になり、仏教は抹殺された。この起点となったの
が伝来の原始宗教であり、一方で、歴史がつくられる。原始宗教を母体に、歴史が形
成されたのであり、神話と歴史は親子関係にある。
ただ、記紀神話は意図的につくられたものであり、正確に伝承を伝えたものではな
い。この点で神話は断絶している。記紀を編纂した安万侶たちは、そのことを明確に
意識しているが、残念ながら以降の歴史家でちゃんと理解できている者はいない。あ
らたな神話として蠢動(しゅんどう)している。
*
『悲しき熱帯』を書きながら、人類を脅かす二つの禍(わざわい)──自らの根源を
忘れてしまうこと、自らの増殖で破滅すること──を前にしての不安を表明してから、
やがて半世紀になろうとしています。過去への忠実と、科学と技術がもたらした変革
のはざまで、おそらくすべての国のなかで日本だけが、これまである種の均衡を見出
すのに成功してきました。このことは多分何よりも、日本が近代に入ったのは「復古」
によってであり、例えばフランスのように「革命」によってではなかったという事実に、
負っているのでしょう。そのため伝統的諸価値は破壊を免れたのです。しかし同時
に、日本の人々、開かれた精神を長いあいだ保ってきた、それでいて西洋流の批判
精神と組織の精神には染まらなかった日本の人々に、負っています。
(悲しき熱帯T レヴィ・ストロース著 川田順造訳 8p 中央公論社)
増殖で破滅することは別にして、「自らの根源を忘れてしまう」ことは日本でもおな
じ。知日派あるいは親日派といってもいいかも知れないが、評価が甘々である。これ
は西欧文明への批判の起点として日本が評価されているためで、西欧文明に対抗で
きる唯一の存在でもある(だったというべきか)。だから、甘々か、辛辣(しんらつ)のど
ちらかに偏る。要するに、日本を利用しているだけである。こういう連中の戯言(たわ
ごと)をいちいち真に受けて、一喜一憂するのは時間の無駄でしかない。
もうひとつ気になるのが革命ということばで、フランス革命がそうであるように、王殺
しを革命と定義し、民主主義と自由を得たのだと自画自賛する。ここでもやはり貴族と
民衆という対立構造で理解していることがわかる。この定義なら、日本に革命はない。
革命が起きていないから、日本は遅れているという論法もある。イギリスみたいに王
家が存続しているところもあれば、産業革命という表現もある。どういう訳だかわから
ないが、「革命」というと王殺しと自由が結びついて高く評価される。一種の神話であ
り、実際のところナポレオンに略奪されて戦争につぐ戦争になっただけである。レヴィ
・ストロースはフランスで活躍したがユダヤ人でもあるので、革命について懐疑的なと
ころがあるのだろう。
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