比較文化史の試み 807  
   
     
 


  「総覧縄文土器」を読む150

  玉抱き三叉文は晩期においても登場する。(中略)これは亀ヶ岡(かめがおか)式とその周辺
 圏において玉抱き三叉文がみられる。

(同上 1176p)

  亀ヶ岡式といえば工字文。工字文が「┳」と「┻」の合成であることは、すでに指摘したとおり。
 三つの点を結ぶ三が組み合わされて「三三」になる。

玉抱き三叉文(モデル)

  玉抱き三叉文は土器の文様以外に、土製品(図番省略)や石棒(図番省略)に使用される。

(同上 1177p)

  石棒の例では、あいだにひとつ玉がある場合と、玉がふたつある場合がある。これでモデルの
 最下段の意味がわかる。裏と表の玉が合成されている。当然、三叉文のどちらかは裏を意味し
 ている。中段の右もおなじ。玉が「ふたつ」を表現したもの。

  山村があげている例では、土製品が山下遺跡(新潟県)、石棒が松原・大境遺跡で、それぞれ
 富山県に位置する。すなわち、日本海側になる。

  以上を前提にすれば、つぎのことが推測できる。

  @ 巴のなかにある「H」のようなものは、工字文の変形である。(90度回転させている)
  A 巴にあるふたつの玉は、双極文様ないしS字が分断され成立する。
  B この際に、双極文様ないしS字の痕跡を残すために、尻尾(しっぽ)がつく。

二つ巴(モデル)

  巴は、双極文様と工字文の合成なのだけれど、玉抱き三叉文の流れと合流して成立する。つ
 まり、「玉」抱きの「三叉文」が、反転して「三叉文」抱きの「玉」になる。そして三つ巴(みつども
 え)は、三者の対立関係を意味することに注意してもらいたい。すなわち、鼎立(ていりつ)構造
 である。本来的にいえば、一般交換を指しているといっていい。一方、二つ巴の場合は、限定交
 換になる。

  そして二つ巴・三つ巴の成立に、陰陽の太極図が関わっている。おそらく、伝来した太極図に
 足りない部分を付け加えたのが二つ巴なのだろう。陰陽と裏表の基本的概念は、おなじだから
 である。

  また、二つ巴は、全体的に90度回転させてある。

勾玉(弥生時代)

  写真は弥生時代のガラス製勾玉だが、しっぽが一本の場合と、二本の場合がある。ふたつを
 重ねた場合は、陰陽と等価になるらしい。

  石棒の事例は印刻文となり、帰属時期は中期前半から中葉である。

(同上 1177p)

  山村は土製品の時期を「中期初頭(同p)」とも述べており、これらは土器での装飾とは違い、
 他のものと混在させていない。図案として抽出されているということでもあり、「玉抱き三叉文」だ
 けで独立した概念を形成していることが伺える。おそらく、初期の概念は玉ひとつと三叉文ふた
 つの組み合わせで、「3」を意味しているものと思われる。中期後半には、土器の男女両解釈が
 成立するようになっており玉がふたつになる。さらに、裏表同時成立により、一体化、といったプ
 ロセスなのだろう。

  勝坂式などの口縁部にある人面把手は三角形であり、なおかつひとつ。波頭型の波状口縁

人面把手のある深鉢(中期)

 でもあるが、三角形に玉は、「玉抱き三叉文」のもっとも古い形でもある。つまり、諸磯式の口縁
 突出部直下にあった「玉抱き三叉文(正確には、三叉入組文)」が、上にズレ込んで出現する。
 もちろん、諸磯b式の獣面把手を継承していることも、一方で存在する。

  写真例では口縁部にある像は、目と口の計三ヶ所に穴があり、それをとりまくように5個の穴
 が配置されている。胴部にあるそれも、三ヶ所穴があって、5方向に伸びる装飾の中心にいる。
 3と5の組み合わせである。

  石棒においては小島俊彰(1976)による女性生殖器などの意見があるが、土器の文様は三
 叉入組文からの派生が明確であり、文様発生時にそうした具象的な意味があったかどうかは疑
 問である。

(同上 1177p)

  石棒は前期後半ごろに男性器を模したものとして登場する。ただし、無頭のものもあり、断定
 はできない。山村の引用例は、中央部より上方に、ぐるりと周囲を巡る竹の節のような突起がつ
 けられ、その突起のなかにひとつの玉、あるいは突起を挟んで上下に玉がふたつ付く。つまり、
 節のような突起が軸になっていて、上下に向かい合わせの「玉抱き三叉文」を構成する。上に掲
 げたモデルは横方向であり、土器における装飾の場合である。石棒は、これが縦になる。女性
 が横なら、男性は縦である。したがって、「┻」は男女の合成でもある。

  本来、石棒は調理具のひとつだったと思われるが、前期になると土器片を加工した鏃が出現
 する。いうまでもなく、鏃(やじり)そのものは男性の道具である。男の道具から女性の道具への
 転換。この反対が石棒で、女性の道具から男性の道具への転換。女性が土器片鏃をつかって
 狩りをするはずもなく、男性が石棒をつかって調理することもない。ないが、交換概念が導く対等
 関係の樹立である。

  中期後半になると土器の男女両解釈が成立しており、また、一方で始祖が誕生する。炉脇に
 石棒を設置することからも、さらに、個の確立から推定しても、石棒が始祖を意味するものとして
 扱われはじめたらしい、ことがわかる。

  いずれにしろ時期によって役割は異なるので、「石棒において」などというのは、結局のところ
 土器編年無視にしかならない。思い違いである。

  そんなところか。

  つぎは「物語性文様 ―勝坂式土器様式を中心として―」、著者は小野正文。

  物語性文様とはある特定の概念が土器に文様として表現されたものである。その概念が具象
 的に表された勝坂(かつさか)式土器の中にみられる人面・蛇・猪・抽象文について、釣手土器・
 顔面把手付土器・有孔鍔付土器・深鉢形土器との関係について考察した。

(同上 1178p)

  物語性文様には、かなりやっかいな問題がある。特に「具象的」という点である。早期におい
 て貝殻文の発見は、思想先行型であり、波状運動をする貝殻を思想を具現化する存在として
 解釈していた。タケノコについても同様であり、世界は螺旋をもった存在であり、そのことがタケ
 ノコを再発見させる。貝やタケノコは先祖でもあり、自然から学ぶ。

  また、上に見たように、口縁部についているイノシシの顔は、3と5を表現するためにつかわれ

人面把手のある深鉢(中期)

 ている。まずいことに「玉抱き三叉文」の場合、目のように見えるから、目のように表現してある
 ものが存在する。どうしても具象のように見えるだろう。

  小林達雄(1986)は(中略)「物語性文様の確立は、いわばカタチに先行して存在する特定の
 意味=概念があって、それが特定のカタチに具現されるという、それまでなかった新しい因果関
 係をとるものであった」と説明する。

(同上 1178p)

  読みようによっては意味不明だが、小林のいわんがしていることは了解可能だろう。概念が先
 行して形に表現される。ただし、それが「新しい因果関係をとるもの」というところは、別。尖底土
 器の形状からして概念先行になっているので、どちらかといえば伝統的。つまり、前提の捉え方
 が逆になっているので、「新しい因果」という表現になっている。

 

 

 

最終更新日2011年6月4日