中学のころに習ったおぼえがある 音楽に大事な要素は三つあると メロディとハーモニーとリズムだそうだ
それからずいぶんたって気がついた 大事な要素は二つだと リズムと音色
さらにそれから最近になって感じたことがある 結局一つかなと それはフィールドかもしれないと
名も知らぬ町でバスを降り 町のにおいを確かめながら バザールの方へ歩いてみる だんだん人通りも多くなり ざわめきも密度を増す 色とりどりのフルーツがならぶ 変わったかたちの食器や あざやかな衣装のほかに 到底使えそうにない時計や 壊れかけたラジカセが売られている 歪みきった大音量の流行歌は こんな街かどの音楽にピッタリだ
夜のとばりがおり始める 川むうこの民家には ポツポツ白熱電球がともされる 微妙に揺れているのは 山頂付近の家のろうそくのゆらめき 今日の最後のコーランが 山あいの村々に響きわたる
いろいろな場所でそれぞれの人々が 詠う、願う、祈る 何万年もかけて作られた自然の地形と そこで生まれ育った 心やさしき人々の織りなすエコー もっとも美しい讃歌 遠くの山はだは月の明かりに照らされて かすかな万年雪に反射する たわわに実った甘い杏のかおりは風とともに舞う 渇いた空気が少しずつ冷えてきて 時間とともに月はかがやきを増す 今夜も楽団がやってきた ドールのリズムは大地を振動させる スルナイの叫びは生き物たちに力を与える みんな踊る、みんな踊る 至福の時だ
となりの国からやってきた 戦いが終わるまで帰ることはできない あのころは町一番の楽士だった タバコは持ってるかい? ありがとう お礼に一曲弾いてやるよ 俺の好きな歌だ うっすらと涙を浮かべている 哀愁をおびたハルモニウムの調べ ひとつひとつの音が糸につながれ ラピスラズリの首飾りのようだ
ガレージ・ランド5 1994年9月版に掲載されました
この文章は1992年にパキスタンのフンザ、ペシャワールを訪れた時のことをモチーフにして書かれたものです
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