月 闇

 今夜は彼がやってくる。
 暗い小道をひたひたと。
 彼が来るのは決まって夜で
 月あかりと木立が交錯するあの小道から。

 彼が現れたのは午前2時を過ぎた頃。
 深夜でさえも、家の玄関が彼をこばむことは決してなく
 たらたらとよだれの珠を落とすその男。

 月光が照らす外よりも暗い窓を見て
 にんまりと浮かべる三日月の笑み。
 麻痺してしびれる私の心のなかに
 あけておくれと声がささやく。

 わたしはするりと身を起こし
 ベットの上から窓を見る。
 青白い腕を窓へと伸ばし
 その手がゆらゆらと上下する。

 傍らの両親がしがみつき
 いまひとりの男が立ち上がっても
 わたしは眼をそらさない。
 窓の奥のその笑みからは。

 木の窓枠が大きくゆがんで
 窓ガラスはうねる夜の海。
 蒼白となる両親の手を振りほどき
 わたしは小さく一言つぶやく。

 彼を招くその言葉に
 窓のガラスが百万となって
 部屋の中に吹き込む。
 その吹雪のなか
 私は静かに立ちつくす。

 虚ろになった窓枠に
 彼が手を掛け
 こんばんは、と夜の挨拶をする。
 そのとき初めて恐怖を感じ
 たじろぐ私を彼が笑う。

 森へ行こうと彼が誘い
 氷のてのひらが私の手をとる。
 闇のなかで獣の牙が白く光って
 私のからだを放さない。

 濡れた土の匂いが私を包んで
 次の瞬間、切り裂かれる。
 闇を両断したのは、かの男。
 透徹した眼と神速の刃。

 血が吹きすさび、床を濡らし
 それでも彼は笑い続ける。
 見ているあいだに傷は癒える。
 切れぬ。殺せぬ。我は不死。

 彼が男を弾きとばす。
 鈍い音がよるに響いて
 世界は黒く染まり
 闇が私を抱きすくめる。

 夜の香に陶然と酔い
 やさしい夜気に身をまかながら
 薄明かりの森を思い浮かべる。
 揺れる木の葉の放つ燐光
 虫の奏でる月の歌。

 歪みはもはや夜の世界
 青く暗い森での静かなダンス。
 すでに好ましい彼の紅い唇が
 私の首すじに契約を求める。

 心では
 幼き日々
 男が落とした
 いつの間にか

 私の心と
 剣が舞い
 彼の胸に
 よろめく
 目覚めたときには

 それでも
 私のどこかに
 揺れる木の葉の
 虫の奏でる月の歌。


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