【或る夜の出来事】
製作年 1934年、米
監督  フランク・キャプラ
出演  クラーク・ゲーブル クローデット・コルベール
【あらすじ】
 富豪令嬢のエリー(クローデット・コルベール)は父親の了承を得ずに飛行家のキングと婚約したためマイアミ沖の自家用ヨットで軟禁状態に置かれていたが、海に飛び込んで脱出し、キングのいるニューヨークに向かう夜行バスに飛び乗った。休憩中にエリーはバッグを盗まれ、彼女の隣に座っていた新聞記者のピーター・ウォーン(クラーク・ゲーブル)が追いかけるが見失ってしまった。途方に暮れたエリーだが次の停車場では置き去りを食らってしまう。しかし、ピーターが待っていて、新聞に捜索願が出ているのでマイアミに帰れと言うが、わがままなエリーは次のバスでニューヨークに向かう。
 特ダネが書けそうなピーターも同乗したが、バスは洪水で橋が渡れないため近くのモーテルに一泊することになった。ピーターは文無しのエリーと夫婦と称して一室を借り、部屋の真ん中を毛布で仕切って一晩過ごす。翌日、今度はバスが泥土にはまり身動きできなくなると、懸賞金がかけられたこともあり2人は野宿したりヒッチハイクしたりしながらニューヨークに向かう。ニューヨーク間近になってエリーはバンガローに泊まるが、ピーターに恋していることを告白する。
 ピーターも失業中ではまずいとおもい夜中にこっそり抜け出し新聞社主から事情を話し金を借りるが、エリーは置き去りにされたと勘違いし捜索中の父親に連絡する。父親が許したこともありキングとの結婚を挙行するが、まだ心残りのエリーは気が晴れなかった。父親は娘がピーターを好きになっていることを察し、娘を式場から逃がしてやり、めでたくピーターとエリーは安宿で結ばれるのだった。
【解説】
 アカデミー賞の歴史の上で主要5部門(作品・監督・脚本・主演男優・主演女優)を独占したのは本作品と「カッコーの巣の上で」(75年)と「羊たちの沈黙」(91年)の3本だけである。
 監督のフランク・キャプラはイタリアのシチリア島出身で、一家で渡米後幾多の職業を転々とした後、映画界に身を投じ,、当時は二流と言われていたコロンビア映画で才覚を表した。脚本家のロバート・リスキンとのコンビで、本作品や「一日だけの淑女」(34年)、「オペラ・ハット」(36年)、「群衆」(41年)などアメリカの理想と良心を描いた名作を世に送った。戦後は30年代の勢いがなくなり作品数も減ったが、現在は再評価され、公開時には楽天的との評価だった「素晴らしき哉、人生!」(46年)もクリスマスの定番としてテレビなどで上映され続けている。
 ”キング・オブ・ハリウッド”と呼ばれたクラーク・ゲーブルだが、下積み時代が長くようやく本作品で大スターとして認識されるようになった。もともとMGMの専属だったが、シナリオを拒否するなど増長ぎみなため罰の意味合いを込めて弱小スタジオのコロンビア映画に貸し出された。しかし、アカデミー賞を受賞したためまったくの逆効果になってしまい彼は仕事を選べる立場になった。本作品でワイシャツの下に下着を着けていないシーンがあり、世の男性が皆まねたため全米での下着の売り上げが激減したという。「風と共に去りぬ」(39年)のレッド・バトラー役で不動の地位を築いたが、3番目の妻で女優のキャロル・ロンバートが第二次大戦中に飛行機事故死し、遺言により陸軍航空隊に入隊するとB−17のドイツ爆撃に実戦参加し、少佐にまで昇進している。
 この作品が舞台の30年代には数百社ものバス会社が乱立していたが、現在も長距離バスを運営しているのは本作品に登場するグレイハウンド社のみである。1914年に中古の乗合い自動車で創業したグレイハウンド社は、1932年に念願の全米ネットワークを完成させた。本作品に登場する夜行バスはMACK型の古いタイプだが、1936年には世界初のリア・エンジン・バスを登場させた。1939年には流線形でおなじみの工業デザイナー=レイモンド・ローウィーにデザインを委託してアルミニウム車体のスーパー・コーチを誕生させ、他社との差別化を図った。戦後、ハイウェイ網が全米に敷かれ、高まるモータリゼーションの波に乗り、グレイハウンド社も再びローウィーがデザインしたダブルデッカーのシーニック・クルーザーを投入しライバル会社に圧倒的な差をつけた。バス会社として成功した潤沢な資金を元に食肉や化粧品などの製造業にも乗り出しコングロマリット(複合企業)へと変貌を遂げた。しかし、70年代以降のオイル・ショックによる燃料費の高騰と航空自由化で収益が悪化し、バス部門は売却され新しい経営者となった。その後業績も順調に回復し、1987年には長年のライバルだったトレイルウェルズ社を買収し全米長距離バス1社体制となったが、長期ストのため1990年に破産。現在は合理化を進めながら建て直し中である。