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誰もが衝撃をうけた。KUROちゃんがなくなって丸2年の前日に恭蔵さんが自ら命を絶ってしまったことに。カラフルな服装が誰よりも似合い、眼鏡の奥の柔和な笑いが人一倍暖かかった彼が、と。

「プカプカ」「サーカスにはピエロが」「ジプシー・ソング」「アフリカの月」「夏の楽園」「パラダイス・カフェ」「ラ・カーニャ」・・・。

歌だけが残された。

そこには色彩豊かで国籍を越えた、希望や夢や憧れや、その挫折のほろ苦さがちりばめられている。それが同時代を生きているぼくたちに、いつもなにがしか微笑んでくれてるかのような感覚をもたらす。遠いアフリカや想像の世界に遊ぶピエロやジプシーたちを通して。

恭蔵さんはなによりも空が、そのひろがりが好きだった。コンサートなら野外。70年代の最初からはじまり、いつしか大阪名物になっていた野外コンサート「春一番」の常連であり、皆勤賞ものだった。大柄な体躯と派手なパンツ、ちょこんと乗っている赤やラスタカラーの毛糸の帽子。そしてスニーカーは空と土とにとけあった。

やっぱり野外しかない。

ただ追悼するのではなく、今ステージの上も客席も楽しめるものでなくては。それが歌に生きたふたりへの最大の贈り物だろう。チャートやマスメディアにでなく、その歌に出逢った人たちにだけ確実に届いたふたりの歌へのぼくたちの感謝。恭蔵さんが1年前にやったことはそれだった。

だったらそれを、今度はぼくたちが。古来葬いとは祝いと表裏一体ではなかったか。いみじくも親友風太は名付けた。

「青空天国」

そこはまさにもうひとつのパラダイス・カフェだ。少々明るすぎるかもしれない。たそがれでなく真昼が、漂うのではなく、漲(みなぎ)っているかもしれない。そこでぼくたちは彼らふたりを送るふりをして楽しもう。それが彼らが残してくれた歌からぼくたちが読みとったメッセージなのだ。

「プカプカ」から「ラ・カーニャ」まで。
ふたりが残した30年間の同時代ソング。
それを生き、それで育ったものたちが、感謝の気持ちをこめて
大空のどこかにいるかれらに送るコンサート。

・・・愛は生きること・・・

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CD『Farewell Song』


CD『KUROちゃんをうたう』