とんだ寝正月


 昨年の暮れ、ぎりぎりまで何の用意もしていなかった私だが、近くのスーパーのカセットコンロが売り切れたと聴かされいささか慌てた。
 もしもということもある。コンロだけでも買っておくかと重い腰をあげ、友人と車で遠くの金物屋まで買いに行った。
 ところが、いざふたを明けてみれば、大山鳴動ねずみ一匹。
 コンピューターの二千年問題は、完全な肩透かしに終った。
 大騒ぎして手に入れたカセットコンロは、悪くなるものじゃないからまあいいとして、買い込んだ食料品の消化に頭を悩ましている人は多いと思う。
 大騒ぎして馬鹿をみたと思うか、いや、これまでの皆の努力によって、問題を回避できたのだと思うか二手に意見が分かれるところだ。
 何しろ人類にとって未知の体験だったことに加えて、世紀末思想が輪をかけて問題を増幅させていったのだと思う。
 私を含めて日本人はどうも危機意識に欠けているきらいがある。
 この度の事で、危機意識を自覚しただけでもそれなりのメリットはあったのかもしれない。
 というわけで、我が家のパソコンも無事に二〇〇〇年を迎えたわけだが、思わぬところに落とし穴はあった。
 二〇〇〇年問題は他でもない、自分の肉体に起きてしまったのである。どこでどう歯車が狂ったのか、元旦の夜から三十九度の熱が続き、生まれて初めて三十九度八分という高熱を体験した。運悪く病院はどこもお休み、ひたすら布団を被って汗を出すしか方法がなかった。
 全身がバラバラになるような筋肉痛と戦い、朦朧とした頭で水分だけは補給せねばと枕元にペットボトルを並べてうんうんうなっていた。
 ありったけのパジャマを取っかえひっかえ、どれだけの水分を搾り出したのだろうか。三日目の夜になり、ようやく熱は下がってくれた。そろそろと起き出したが、体がふらついてどうにもならない。
 かなり体力が消耗しているらしい。少しづつ慣らすしかない。悪いことに、気管支に菌が入ったらしく、呼吸するたびに、ゼイゼイ、ヒーヒーと鳴る。もしや肺炎にでもと悪い予感が走る。
 何とか仕事始めには間に合い無事出社したのだが、病み上がりの体にはきつかった。会社の近くのクリニックでレントゲンと撮ってもらったが、肺に異常はなくほっとした。吸入と点滴をしてもらい社に戻ると、またもや悪寒が襲ってきた。 首にはマフラー、ひざ掛けを腰に巻き、コートを着、まるで我慢大会のような格好をしても、一向に寒気は止まらない。
 ギブアップして退社したのだが、どうやって家に帰りついたのか途中から記憶にないのである。気がつくと、我が家の布団の中にいた。しかもちゃんとパジャマに着替えて。人間ってすごいものだと思った。
 どんなに泥酔しても、我が家だけは忘れない酔っ払いの話は耳にしていたが、帰巣本能は私にもあったのだ。
 というわけで、正真正銘の寝正月となってしまった。
 この度の事で、良かったことは、日ごろの睡眠不足を解消できたこと、二キロのダイエットに成功したことくらいである。
 もう大丈夫。全快祝いにおいしいものでも食べに行こうかと考えたが、せっかくのダイエットがたちまち無駄になりそうだ、止めておこう。いや、ダイエットより体力だ。まだ迷っている。