単純なわたし

 それはある朝、突然に襲ってきた。ベッドから起き上がろうとした時である。「痛い!」 左臀部から足先まで、激痛が走った。
 「いったい何なんだ?」
 わけがわからない。以前、軽いぎっくり腰は経験しているがそれとも違う痛みだ。 痛みが走るとはこういうことなのか。初めて実感した。
 そろりそろりと体を起こし、床に足を着いた瞬間、またもや痛みは襲ってきた。 どうやらただ事ではなさそうだ。病院へ行くしかあるまい。
 長いこと待たされて、ようやく診察を受ける。若い女医さんだ。内心ちょっと不安。
 ベッドへ寝かされて、脚を曲げたり、持ち上げたり。その度に「アイタタタ…」
 「今度は立ってみて下さい」
 体を前屈したり、反らせてみたり。
 「取りあえずレントゲンを撮って来て下さい」
 撮影を終って、いよいよ診断結果の説明である。
 「坐骨神経痛ですね。後日MRIを撮って詳しく調べましょう」
 「えっ?」余りにも予想外の病名に仰け反ってしまった。
 それまで神経痛という言葉は、私の辞書には無かった。
 神経痛は年寄りの病気とばかり思っていた。ということは…、その意味で二重のショックである。
 振り向きざまにカウンターをくらったようなものだ。
 坐骨神経痛の原因は、大きく分けて二つ、腰椎の曲がりと骨盤の歪みによる神経圧迫で、これが実に95%を占め、あとの5%は椎間板ヘルニアとのこと。 MRIの検査の結果、私はその5%に入った。
 どうやら腰椎の四番目と五番目の間の椎間板から髄核が飛び出し、神経を圧迫しているらしい。写真を見ると髄核が左に飛び出しているのが良くわかる。 さて、治療法は?と尋ねると、とにかく安静にして自然に吸収されるのを待ちましょうとだけ。
 「けん引とか、電気で温めるとかはしないんですか?」
 「あまり効果は期待できませんが、それで気持がいいならどうぞ」と、つれない返事。
 西洋医学は、これだから困る。痛み止めとシップ薬で本当に治るものなのか。
 不安になった私は、以前から通っていた鍼灸治療院を訪ねた。先生曰く、
「塩谷さんまだ若い証拠ですよ。普通その歳になると水分が不足して飛び出すことも出来ないんですよ。椎間板ヘルニアは二十代から三十代の病気なんですから」
 なんだ、まだまだ瑞々しいということではないか。今までの不安が嘘のように消え、何だか急に嬉しくなってしまった。私って本当に単純。
 人間というものは、自分に都合の良い説を取るものらしい。そして、薬より効く言葉があることも知った。この先生、なかなかの名医である。