山本貴嗣の原点

R.E.ハワードのこと

(最終更新・2006 10 28)
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 「コブラの舞だよ、いとしい姫よ」トゥトラスメクは笑った。「何世紀も昔、ハヌマンのささげ物になる処女たちがそうして踊ったものだ−−しかしそんなに美しくしなやかだったことはない。踊れ、舞姫よ、踊れ!どのくらいその毒牙から逃げていられるかな。何分か?何時間か?おまえとてもいつかは疲れるときがくる。そのすばやい、たしかな足どりもつまずき、脚はよろめき、腰もゆっくりしかまわらなくなる。そのときその牙がおまえの象牙色の体に深くくいこむのだ−−」

 『狂戦士コナン』(ロバート・E・ハワード/著 鏡明/訳 ハヤカワ文庫SF)収録
   「ザンボーラの影」より


 ロバート・E・ハワードは作家である。
 バローズと同じく知っている人は知っている超有名人だが、知らない人は全然知らない。
 20世紀の始めに生まれたアメリカ人で、あのコナン(探偵でも未来少年でもない、蛮人コナン)の生みの親である。
 コナン以外にも冒険小説、探偵小説、ボクシング小説、詩その他様々な作品を書いたが、私にとってはなんと言っても『コナン』の作家だ。
 中学生の頃、ハヤカワの文庫で私は出会い、いっぺんで魅了されてしまった。
 かのシュワルツェネッガーが主演した映画はご存知の方も多いだろうが、あれは原作の登場人物を適当にアレンジしてパッチワークのように組み合わせ、オリジナルの物語にしてしまった、ほとんど別物である。
 一作目の『コナン・ザ・グレート』はまだしも、二作目の『キング・オブ・デストロイヤー』は「お子様向け」に仕上げたため、作品本来のダークな部分がすっかり削げ落ちたお子様ランチになってしまった。あれを見てコナンと思っていただいては困るのである。
 蛇足だが私はあの女王役のサラ・ダグラスが好きで、映画をお子様向きにするため編集段階でカットされたというシュワちゃんとのラヴ・シーンがなんとか見たい。成人指定の完全版を出してくれないものかなあと今でも心より願っている。
 それはさておき、そう、コナンの魅力は言うなれば闇の中に燃えさかる青い炎のような、禍々しく荒ぶる力の絵巻である。バローズの火星シリーズがジュブナイル小説になりうる健全さを持ち合わせているのに対し、お子様お断りな黒い影を引きずる作品世界。
 バローズに魅せられていた時期と一部重複はするものの、成長と共にバローズからハワードへ、私の興味は移行していった。
 超古代、異なる文明が栄えていた地球を舞台に、主人公の蛮人コナンが剣と魔法の世界を行く。彼は「力」の権化である。生まれ持った肉体を武器に、魔物や魔道士と戦って勝つ。人間相手は言うまでも無い。その剛速球勝負な物語は、ほかでは味わえない魅力があった。
 『コナン』は創元とハヤカワそれぞれの文庫で翻訳がなされていた(過去形)。
 
  『征服王コナン』
  『風雲児コナン』
  『冒険者コナン』
  『不死鳥コナン』
  『狂戦士コナン』
  『大帝王コナン』
  『復讐鬼コナン』
  『荒獅子コナン』(以上ハヤカワ文庫版)

  『コナンと髑髏の都』
  『コナンと石碑の呪い』
  『コナンと荒鷲の道』
  『コナンと焔の短剣』
  『コナンと黒い予言者』
  『コナンと毒蛇の王冠』
  『コナンと古代王国の秘法』(以上創元推理文庫版)

 いずれも昭和40年代に出版されたもので、今では絶版かおそらくそれに近い状態である。
 現在一般の書店で入手可能なものは、アンソロジーの一編として収められたものしかないのではあるまいか。2003年の3月に河出文庫より出た『不死鳥の剣<剣と魔法の物語傑作選>』(中村融/編)にはタイトルにもなっているコナンの記念すべき第一作(The Phoenix on the Sword)が新訳されている(蛇足であるが編者であり訳者である中村氏は私の大学時代の旧知である♪)。
 話は戻る。
 このページの冒頭にかかげた一文をお読みいただけばお判りと思うが(数あるコナンの物語の中からわざわざあの下りを選ぶところが山本の人格が知れる)(笑)(なお踊らされている「舞姫」は全裸である)、その世界はローティーンだった山本にとって見たこともない禁断の果実であった。情報があふれかえりあらゆる刺激に飽食した21世紀の現代ではない、1970年代初頭のローティーンである。鬱憤と煩悩にはちきれそうだった中学生の私にとって、そこはバローズに続く「第二の桃源郷」であったのだ。
 私はコナンとともに超古代の世界を歩き、経巡り、傷つき戦った。
 それは甘美な思い出である。
 ハードからファンタシーまで、当時のSFと名のつくものはあらかた読みつくしたが、30年近くを隔てて振り返って見ると、今でも私の心に深く刻まれ、昨日のことのように懐かしく思い起こされなお生き生きと息づいているのはバローズとハワード。火星とコナンである。それはあたかも車の両輪のように、私の心を運んで行った。私の胸のガレージには今でもそれがしまわれている。いつでも動ける状態で。そして実際動かしている。

 中学生の頃、私はコナンを女性に置き換えたような、あるいはコナンに登場する女戦士を主人公にしたような作品を読みたいと思った。同人の小説として当時少しばかり書いてもみた(当時は同人で漫画だけでなく小説も書いていた。田舎の中学校に「漫研」などというものはなかったし、学校で自分の好きな世界をおおっぴらに描くには「文芸部」に入るのが一番近道だったのだ)。
 長じて漫画家になる夢を果たし、その思いを少しばかり形を変えて実現したのが拙著『剣(つるぎ)の国のアーニス』(大日本絵画・刊)であった。
 今では同人誌として時間のある時に続編を描いている。

 コナンの作者ハワードは短命であった。
 愛する母親が病を得て危篤になった際、ピストル自殺でこの世を去った。わずか30歳の若さである。
 上記のコナンの作品群(一部他の作家の手によるものも入っているが)は最後のたった4年の間に書かれたものだ。彼がなお生きながらえていたらどのような作品を発表したか、実に惜しいことである。
 私にとってハワードはヒロイック・ファンタシー界のモーツァルトでありブルース・リーである。
 その素晴らしい世界を与えてくれたハワードと訳者の方々、そしてイラストレーター(バローズと同じく中でも武部本一郎画伯!)の先生方に心よりの感謝を捧げる。 


補足であるが
 コナンとハワードについては、日本でジャックさんという方が「コナン・ザ・コナン」という立派なファンサイトを立ち上げていらした。教えてくださったのは前述の中村氏である。しかしジャックさんは30代の後半という若さで病を得て2002年に他界された。なんということか。私がその存在を知ったときはすでに故人になられた後であった。心よりご冥福をお祈りする。
 サイト自体は奥様がそのままの状態で今も保存しておられ、すばらしい研究の成果を拝見することが出来る。幸いにも先日、ご好意によりリンクの許可をいただいた。興味がおありの方は下の文字をクリックしていただきたい。
 ジャックさんと奥様、本当にありがとうございました。
    「コナン・ザ・コナン」へ


新訳コナン  (2006 10 28)

 ハワードのコナンシリーズ新訳が出ました。
 新訂版コナン全集『黒い海岸の女王』原作ロバート・E・ハワード/宇野利泰・中村融 訳(創元推理文庫)。
 訳者の一人中村氏は私の尊敬する古い友人です。
 今回のこのシリーズは、ハワードのオリジナルに忠実に、資料や手紙、梗概なども、そのままの形で翻訳掲載されていて、ファンとしては大感激。

 これまでの翻訳は、後世の作家が、ハワードの書いた未完成のプロットなどを元に、新たに書き起こした、オリジナルでないものも混じってたりしたんですよね。

 創元版もハヤカワ版(武部画伯はこちらの方)も何度と無く読み返し、私にとっては一種の古典になっており、ちょうどお年寄りが大好きな講談を、もはやストーリーもオチも全部知っているにもかかわらず何べんでも鑑賞するのと同じようなものです。
 今回の新訳もしっかり楽しませていただきました。
 なんと言うか、読んでいると故郷か前世に帰ったような懐かしさを感じます。
 たまに海外旅行などで、見知らぬ土地なのにすごく懐かしい気がした、みたいな話を聞きますが、私にとっては、たぶんあれに通じる感覚ではないかと(笑)。

 カヴァーイラストは後藤啓介先生です(この乙女けっこう好みだったり♪)。
 収録作品は以下の通り

 キンメリア(詩)
 氷神の娘
 像の塔
 石棺のなかの神
 館のうちの凶漢たち
 黒い海岸の女王
 消え失せた女たちの谷
  (資料編)
 死の広間(梗概)
 ネルガルの手(断片)
 闇のなかの怪(草稿)
 R・E・ハワードからP・S・ミラーへの手紙
 ハイボリア時代


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