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その10 三山のぼる先生を偲ぶ(享年51) 2007 12 08
2007年12月2日、漫画家三山のぼる先生が急逝されました。
mixi日記やFC2ブログにも掲載しました記事をここに転載します。心よりご冥福をお祈り申し上げます。
12月7日の夕方、旧友の漫画家山田Dr.コトー貴敏氏から電話があったので、三山のぼる先生の訃報を告げると仰天して
全然知らなかったようで山田氏絶句。
それからひとしきり思い出話になっちゃいました。
私や山田氏にとって、若いころ三山先生の絵はあこがれで、二人とも
『ブリキ細工のトタン屋根』
は、何べん読んだか知れません。
山田氏は同じ大学の漫研の後輩です。一年下ですが、彼は一浪なので同い歳です。彼のアマチュア時代には何度か手伝ってもらったこともありました。彼より画力のあるアシスタントは出会ったことがありません(アシスタントと言っても師弟関係ではありません。たまたま手伝ってもらっただけです。デッサン力なんかは当時からかないませんでした)。
私より数年遅れてデビューした山田氏でしたが、少年マガジンで受賞して連載が決まったころ
「自分は三山先生の大ファンで、できることならお手伝いさせていただけませんか」
と自分の受賞作のコピーをモーニングの編集部に持ち込んだそうです。
んで、合計三回くらい手伝いに行った(彼が三山先生のアシスタントに臨時で行ったことは聞いてましたが、私てっきり編集さんに呼ばれて助っ人で行ったと思ってました。自分から売り込んで行ったとはびっくりです)。
当時山田氏が22〜23歳くらいでしたから、三山先生は26〜27歳でらしたわけで
それであの『ブリキ細工・・・』の絵かと思うと絶句します。やはり天才です。
最小限のラインで最大限の効果。
ザクザクッと描いてトーン貼って削ると、太陽にきらめく海原とかになってて、感動したよねーって、しばし山田氏と語り合ってしまいました。
山田氏は三山先生の流麗で速い執筆に驚愕したそうです。
見開きページにマルがただ二つぽんと描いてあって、三山先生は左手に真横のバイクの資料写真を持って、下絵なしでどんどん、下から見上げたアングルのバイクを描いていく。マルはタイヤだったんですね。
「いつもはこんなことしないんだけどねー。今回時間なくて」
神技だと思ったそうです。
山田氏がぱっと見て、この背景なんかおかしくネ?みたいなのに
三山先生が62番のトーン貼って削りこんでいくと、見る見る立体の見事な風景ができていく。
割り箸の側面にインクつけて、ベッと引くとコントラスト抜群の椰子の木ができる。
ああ、自分は永久にこの人にはなれないなと思ったそうです。
山田氏も画力のある人でしたから(今でもあります)三山先生も憎からず思ってくださったようで
背景の小物を何点か描いたら
「ああ、これなら表紙(連載漫画の一枚目のタイトルページ)いけるよ」
と言われて、表紙をまかされて
「ラフに描いてね」
と言われて、山田氏は汗だくで描いたそうです。
「ああ、こんな感じ」
と言って三山先生は自分でトーンを貼って、少し手を入れて完成させたそうです。
蛇足ですが、漫画や絵に興味にない方のために補足しておきますと、「ラフに」というのは、細かく丁寧にではなく、短時間で簡略にポイントを押さえてという意味で、センスのある限られた人にしかできません。才能が多少なくても、丁寧に時間をかければある程度見られる絵は描けますが、ラフに描いて絵になるのは、本当にセンスのある人だけ。
普通の人がまねするとただ「雑」な絵ができるだけです。
仕事終わって最後に
「サインください」
と言ったら
「やだ」
奥様が
「いいじゃない、サインくらいしてあげなさいよ」
と言われたのですが
「やだもん」
私の知り合いの漫画家さんが数年前に編集さん経由でサインをお願いしたときもいただけなかったそうですが、けしてタカビーとかじゃなくて、たぶんシャイな方なんでしょうね。
山田氏に向かって三山先生は
「サインはあげないけど、また手伝ってね」
と言われたそうです。
それはものすごく光栄なことだと思います。彼の腕を買ってくださっていたという証(あかし)でしょうから。
色々思い出話を聞きましたが、電話の最後に山田氏に
「これいい話だから口外していい?」
と聞いたら
「いいっすよ」
と言うので
ここにこうしてアップします。
私は人様を貶めたり非難する記事は書きたくありませんが、この話は三山先生の制作風景を伝える貴重な証言であり、三山先生、山田氏、いずれの方にとっても誉れにこそなれ失礼やマイナスな内容ではありえないと思います。
せっかくの内容を、このまま一人胸に秘めておくより、ステキな業界裏話、歴史の一こまとして公開したいと思います。
三山先生は私にとって、年齢別の女性の肉体を魅力的に描き分けられる、唯一無二の絵師でした。尊敬する希代の名手でした。
心より敬意と感謝を捧げます。
ありがとうございました。
追記
実はかく言う私、山本も、駆け出しのころ光文社のジャストコミックで仕事してて、三山先生が緊急にアシスタントが入用で、編集さんから打診を受けたことがあって
行きたいのは山々だったんですが、ちょうど風邪を引いてしまってお流れになったことがありました。
今思うと残念です。
確か先生と一度だけ電話してお声を聞いたような記憶があります。
追記2
山田氏もうまくて速い人でしたが、その山田氏が追いつけないくらい三山先生は速かったそうです。
当時私(山本)は自動車が苦手で、三山先生のザクッと描かれた自動車の絵を、ちょうど手伝ってたという山田氏に
「この車、三山先生資料写真見て描いたんだよね?」
と聞いたら
「いや、何も見てなかったっすよ」
で、仰天した覚えがあります。
四半世紀も昔の思い出です。
追記3
山田氏のことは、サイト内の記事で「先生」と敬称付きで書いたページもありますが(この辺区分けが難しくて、古い友人だからってあまりなれなれしくするのも失礼だし、とか思うと線引きが難しくて、一応他の作家さんには敬称を付けることで原則統一してるんですが)、今回は二人とも二十数年前の学生時代や駆け出し時代に戻って懐かしく語り合ったもので、その気分で敬称略としました。厳密な規則があるわけではないのでご寛恕ください;友情も敬意もともに変わるものではありません。
その9 水木大先生(84歳) 2007 01 03
2006年暮れのBS−iで水木しげる大先生のインタビュー番組がありました。
もう最高でした(笑
水木先生のお人柄炸裂。
普通の人間が言うと「なんだこいつ」っていうようなセリフでも、全然嫌味じゃない。ただの自然体です。
断片的にしか覚えてないんですが、少し書いておきますね。逐語的に正確ではない箇所もあるかと思いますのでご了承ください〜〜;
三歳まで言葉を発せず、4歳で最初に発した言葉が
「猫のクソ」
「パリに生まれたら今頃天才なんて言われてたかもしれないけどジャパンでしたからねえハハハハハ」
「幸せですか。幸せは私は生まれた時から追求してるんです
「学校の勉強もしない、自然なままで」
「駅に立っても不幸そうな人が多い。みんな満たされてないんでしょうなあ」
「途中で話の主題を忘れてしまいましたが、なんでしたっけ?」(インタビューに来てる南伸坊さんその他一同爆笑)
(昔)「むちゃくちゃ忙しくても、なんか幸せを約束されてる感じでしょ。それがたまらんですよ」
(インタビュアーが)「幸せがノドまでつまって隠すのに苦労したんですよね?」
「周り見れば不幸な人ばかり。幸せ感を隠すのに大変だった。今告白すればだ」
ダメ押しで
「ボクは絵もうまいし話もうまいからイジメられなかった。才能があれば何でもないコトです。
才能がないのに食い込んでくるからややこしい」
わはははは、先生最高ー!!
そのとおりなんですよ!下手に偽善的な総花メッセージなんか聞かされるより、こうばっさり言われるといっそ清清しいですなあ♪
無理して食い込んでる一人としてもすっごい共感しました!!
いつまでもお元気でいらしてくださいー!!
追記
「手塚や石森は(パーティで?)会うと徹夜した話ばかりしてた。あれは早死にしますな」
みたいなこともおっしゃってました。
手塚先生も石の森先生も年下ですもんねえ(笑
水木先生はよくお休みになるようです。
ご自分のお子さんが寝坊して母親(つまり奥様)が学校に行くよう起こすと、せっかく寝てるのに何するんだっていうのは水木先生ならではです。
その8 動きのこと 2006 06 16
まずは本日の日記から転載
「 昔B級洋画で見たんですが
冒頭ヒロインを乗せた双発のプロペラ機かなんかが、南の海の上空を飛んでます。外は嵐。
で、コックピットの窓ガラスを雨が伝ってるのが機内から見えるんですが
この雨がほとんど垂直がちょっと傾いたくらいの角度で垂れていくんですね次々と。
時速何キロで飛んでるんだこの飛行機・・・。
地面を走る自動車でも、ちょっとスピード出せば雨はナナメに窓を走って後方に消えていきます。
それが飛行機だっつーのに!
ありゃあもしかして墜落するんじゃないかって思ってたら間もなく南の島に不時着する展開だったように記憶してるんですが、じゃあつじつまが合ってるのかって言うと、いや、その時点ではまだどこも機体に不調はなかったはず!
誰か注意する人はいなかったのかってシーンでした。
ちゃんちゃん。」
でそれがどうしたかと言うと、ある文章書きの友人から
「自分はそういう意識で映像を見ることはあまりないんですが、絵を描く人はそういうことにも注意されるんですね」
との感想をいただいた。
そうか、絵を描かない方はそうなんだ、と逆にメウロコ。
実は私は、こういう感覚は絵描きはデフォルトで持っていて当然と思っていたところがあって、昔アシスタントさんともモメたことがある。
例えば空中の飛行機から人が飛び降りるシーンを簡単なアタリ(すごくラフに物の位置関係がわかるように描いたもの)だけ描いて人物だけは私が描いて渡すと、人物が落下してるのに後ろの飛行機が止まった絵を描いてくる。
ちょっと、前後の流れから考えて、この飛行機は通常の飛行をしてるんだから前進してるでしょーと言うと、逆ギレされて
「そんなコマ割ができるくらいなら自分でマンガ描いてます!」
・・・・・・。
正直初めびっくりした。
嫌味や皮肉ではなくて、なぜできないのかが判らなかった。
こういう動きは、理屈で考えてイメージするのではなく、脳裏にテレビや映画を見るように自動的に映像が動いて見えるのだ。それをただ紙に描き写すだけで、特殊な訓練や努力はいらない(実は動きに限らず多くの絵がそうだったりもするが)。
人が歩く時右足を出したら左足を出すのと同じくらい、普通の行為なのである。
と思っていたのだが、どうやらそうではないらしい、とその時判った。
こういうのもいわゆる「才能」のかけらなのかも知れない・・・。
ただ、子供の頃、物心ついたらもう持っていたものなので、どうしたら身に着くかとか判らない。ほとんど先天的なものだと思う。
その7 絵を見る目のこと 2004 05 08
デッサンに関する項でも触れたように思うが、絵を描く(作る)能力は単純に「腕」の技術ではなく(つまりプリンタの性能ではなく)、物を見る目(スキャナとPC本体)にかかっている。
「目が腐っている」人間にまともな絵は描けない。
で、この「見る目」であるが、ある人にはあるがない人にはない。そこにはどうしようもなく埋め難い溝があるのである。
私がまだ大学の漫画研究会とつながりのあった時代(1980年代初めまで)の話である。
学生であったかOBになっていたかは定かではないが、学生時代のアパートに卒業後も1〜2年暮らしていた時期があり、当時は漫画研究会の後輩達と頻繁に会っていた。
ある日、後輩が、うまい新入生が入って来たと言う。
「Yと同じくらいうまいんですよ」
と後輩某君は言った。
Yというのは、私の一学年下のY田貴敏氏(伏字にするのも意味ないが(笑)今では『Dr.コトー』でおなじみのY先生。当時はまだ彼はアマチュアだった)のこと。
私は仰天した。Y氏は漫研に入った当時から、群を抜く画力で私は一目も二目も置いていた。ことデッサンにかけては私は遠く及ばないと思っていた(いや、思っていただけではなく事実遠く及ばない)(笑)。
そのY氏に匹敵する新人が?
そんなもんそうそうその辺にゴロゴロいるものか?
半信半疑で、その新入生の描いた漫画を見せてもらった。
・・・・・・・。
下手なのだ。
「下手じゃん」
憮然として私は言った。Yと同じくらいって、そりゃYに失礼だろお。
「いやいや、ラフ絵は同じくらいうまいんです」
と後輩は言った。
ラフ絵というのを見せてもらった。
・・・・・・・。
や、やっぱり下手じゃん!!!!
さあてさてさていかなこと。
困惑した私であったが、調べてみると単純なからくり。
うまいと言われた新入生のデッサンが、Y氏のデッサンと同じような、ざくざくっと描きなぐったタッチであり、それがなんだか「うまそうに見えた」だけの話であった。
デッサン力の差は歴然。
その新入生君の才能が凡庸であることは一目でわかった、のであるが、私は同時に考え込まされた。
「絵を見る目」というものについてである。
想像以上に一般人にはないらしい。
一応漫研に席を置いているくらいであるから、多少なりとも心得はある連中もいるはずなのだが、その新入生の「一見うまそうな実は下手な絵」に一人ではなく多くの後輩達が幻惑された。となるといわんや一般人をや!
一見うまげに見える描き方というのは確かにあって、私はできるだけ自分にもそれを戒めてきた。自分がうぬぼれないためでもあり、できればありのままで評価されたいという思いからでもある。
しかしこの種の手法は、時としてたわいのないくらい人を簡単に惑わすことができるものだということをその時知った。
ちなみにその新入生は果たしてその後、漫画でもその他の画業でも目を出すこともなく、普通のカタギとしていずこかへ去った。
一方のY氏はご存知のとおりである。
私の目は間違ってはいなかった。
一般の人々は時として、己の見る目を棚に上げて(というかそもそもそれについての自覚がなく)己の好き嫌いと技術の有無を混同し、いっしょくたに論じてしまう傾向がある。ものを見る目のない人間に、見る目を持てと言うのは、普通の人間に裸眼で赤外線や紫外線を見ろと言うのに等しい、かなわぬ願いであるようだ。
補足
絵をうまく描くには無論「スキャナ」と「PC」としての能力だけでなく、出力する「プリンタ」としての能力も無くてはならない。ただ先の二つをおろそかにして出力の性能だけを追及することは無意味である。
また「ものを見る目」を持った人は、別に絵描きでなくてもいくらもいる。
「プリンター」としての能力を持ちあわせていなくても確かな鑑賞眼を持ち合わせている一般人は存在する。
上記で言った「一般人」というのは「スキャナ」「PC」等の能力において「一般」レベルの人、という意味である。あしからず。
その6 偉大なる凡庸さ 2004 03 22
「才能」と言うと「一般の人とはかけはなれたすごい能力」と普通は思う。
が、漫画において多くの読者に支持される傑作、ヒット作を描くヒットメーカーを見ていると、そういったいわゆる「才能」のほかに「大いなる凡庸さ」とでも言いたくなるような、「非常に一般的な感覚」を持っているように思う。
友人の大作家Tさんしかり。その他幾人かのヒット作家を見てもそう思った。
また親交はないが、今では功なり名とげた(テレビにもよく出るヒゲの)E先生がまだ駆け出しのころ、K談社のパーティでそこに来ていたやはりデビュー間もない頃の女性タレントYS嬢を見て「いやーYSちゃんかわいいですねー」と言っていた姿を思い出す。言われた私は、その女性タレント(その後ビッグになって一時はすさまじい人気だった)を見てもなんの感動もわかず、「はあ・・・」としか言いようがなかった。
基本的に私の感覚は一般人とズレている部分が多く、それが私をマイナーたらしめている理由である。
その昔、はるき先生のアシスタントをしていたころ、先生が私の漫画を評して
「山本君の漫画って基地外しか出てこんのよなー」
と言われたことがあったが、けだし名言である。
これも、本当の天才にあるような、とことんいっちゃったアブノーマルさであれば、またそれはそれで評価の対象になるのかもしれないが、私の場合もっとこじんまりとズレている。
ヒット作家の持つ「凡庸さ」「ノーマルさ」は、それがあればこそ一般読者の琴線に触れる作品が描ける大切なエンターテナーに必要欠くべからざる「才能」である。
一般読者の素敵と思うもの、おもしろいと思うもの、感動するものを、同じように捉えられるからこそ、大衆の共感する作品が描ける。
一般読者と異なるものを快と感じ、不快と感じる人間はそこでつまづく。
漫画には(いや漫画に限らずエンターテインメントには)一般読者が感情移入できる「接点」の役割を果たす「一般的感覚を持ったキャラクター」というのが必要なのだが、私の場合、根本的に感覚のズレている部分があるため、自分では「普通の登場人物」と思って描いたキャラが、普通の人から見ると「普通の人」でなかったりする。
その辺が「ハマる人にはハマる」のだが「受け付けない人には耐えられない違和感」となって拒否されたりする所以であろう。
まあその辺の手綱をうまくコントロールするために担当さんがいてくれるのだが、これは私の場合生涯背負っていかねばならない「痛し痒しの才能(?)」である。
俗物なところはしっかり俗物なんだけどなあ。
もうちょっと普通の感性に生まれたかったなあ(或いは「育ちたかったなあ」)と、大作家の「凡庸さ」をうらやむことがある。
その5 名言 2003 06 17
才能について、あまりに言いえて妙なセリフがあったので記す。
映画『戦場のピアニスト』のモデルになった人(故人)の生前のインタビューをテレビ番組で先日見ていたら、彼曰く
「神よ私に才能をお与えになったことを感謝いたします。でもなぜこれっぽっちなのですか」
正確にそういう言葉であったかどうかはうろ覚え(仕事しながら「ながら」で見ていたので)であるが、少なくとも本意は間違えていない。
彼の才能と私の才能は比ぶべくもないが(ナチの将校にすけべなねーちゃんのアクションシーンを描いてみせて生き延びられるか。え?日本は同盟国だったろう?いやそういう意味じゃなくて)(笑)思いはまったく同感である。
「神よ、なぜこれっぽっちなのですか」
その4 ヘタウマ系のこと 2003 04 25
BBSの方であるお客様からカキコをいただいた。
「努力すれば伸びる才能というのは漫画の場合たぶんデッサンとかテクニックの面とそれから、すばやく漫画を書き上げる(原文ママ)面ということになるのでしょうか。でもそれ以外の漫画家の個性というものがあると思うのです。吉田戦車やほりのぶゆきといった人たちの絵はべつに難しいテクニックが使えないと描けない絵ではないと思うのですけど(中略)そういう方面の才能についても考えて欲しいのですが云々」
はて、何も矛盾するところはないと思う。
漫画の成否はほとんどがその人の才能にかかっていると私は書いた。
お尋ねの先生がたはまさにその見本のような人たちである。
私もけっこうファンである。
『本気のマンガ術』などという本を出しているのでいまだに私を「画力偏重主義」の作家だと誤解している方がおいでのようだが、あの本にも始めにリアル系の絵からラクガキのような絵までピンキリのせて、マンガはどれでもいいんですよ、ただ画力に興味のある人、作画のテクニックが知りたい人はこの本から好きなとこだけつまんでくださいと言う意味のことを書いておいた。見本に載せた一番へたっぽい猫の絵は、私が描いてもいまいちヘタっぽくなりきれないので、わざわざ画才のない女房に描いてもらったほどだ。
マンガは絵だけでできているのではなく、キャラやストーリー(ナンセンス不条理系をストーリーと言っていいかどうか。あえていうなら「展開」とでも言うか)などで出来上がっている。そっち方面の話もしても良かったのだが、それならもっと適任の漫画家がいるだろうと遠慮して、私はとりあえず得意な作画技術についてのみ語ろうと思って描いたのがあれである。デッサン力や画力がないと表現できないものがあるとは書いたが、デッサン力や画力がないとマンガは描けないとはどこにも書いていない。
さて話は戻るが
上記のカキコをくださった方にはいささか誤解があるように思う。ヘタウマ系のナンセンスマンガ、ギャグマンガの人は努力してない(あるいは努力は不要、しても伸びない)とでもおっしゃっているようだ。
まさか。
アクションシーンで何十ページも埋められる気楽な(あくまで「ある意味で」だが)シリアス系と違って、ああいうスタイルの作家は一つ一つのアイデアが大変である。ネタ出しの大変さは私のようなスタイルの漫画家からすると気が遠くなりそうだ。4コマ系の人など想像を絶する苦労がありそうである。
マンガはもやもやとイメージを思い浮かべている間は楽しいが、いざそれを作品として完結、紙の上に「描き上げ」ようとすると、ものすごいエネルギーがいる。いや、どんないい加減なものでもいいなら別だが、商業誌で読者と編集の支持を得て、掲載され続けるクオリティを保っていくとなると、である。
それはやった者でないとわからない。
私はネットの大海をうろついていろんな人のサイトを覗くが、アマチュアの人は多くがこの「クオリティを維持して描き上げる」能力に欠けるのである。そういう私も雑誌の休刊や打ち切りなどで中断せざるを得なくなった作品は多々あるが(笑)基本的に物語をどう完成させ完結させるかということは考えている。
そこがけっこうホネなのだが、アマチュアで小説や絵巻のようなものを自分のサイトで公開している人を見ると、始めはけっこうおもしろげに展開している人でも途中で話をどう持っていっていいかわからなくなり、作りかけのまま投げ出し、また別のシリーズをスタートする、ということをいくつもいくつも繰り返していたりする。一つや二つなら「同時進行中」ということもありだが、何本もそういう作りかけをほったらかしにして何年も経ってる人とかいる。まあ金もらってるわけではないし個人的な趣味なのだろうから、それはそれでいいのだが、要するに作品を一個の完成品として結実させるのは難しいのである。
ほり先生や吉田先生がどういう苦労をなさっているかはわからないが、ああいうスタイルの人が「努力してない」「努力が必要ない」などと思うのは大きな誤解だと思う。
絵のテクニックは、一応見ればわかる具体的なものである(見てもわからない目のない人もいるが)。しかしマンガの命ともいうべき作品作りのキモの部分は、抽象的で言葉で説明しても伝わりにくく(実際自分で描いて何度も苦しんだ人間でないと、何を言われているのかわからない)一般の読者には退屈なだけである(菅野先生はよくやっておられると思います)。それもあって私のコミッカーズの連載ではあえて言及しなかった。
私は人間に大切なことは「目に見えないものを見、聞こえないものを聞くことができるようになること」だと思っている。オカルトや電波な人になろうというのではない。見かけにだまされず、その底に潜む真実や本質に目をむけようというのである。
ちょっとお堅い話になってしまったが、ヘタウマ系の人と努力についての、私の考えは以上である。
蛇足を一つ。
BSマンガ夜話などでおなじみ漫画家の某先生に以前
「先生は編集部の要求とご自分の描きたいものとの矛盾で悩まれたことはないですか。どうやってそこをクリアなさってこられました?」
と尋ねたところ
「いやーオレの場合、描きたくないものは描かなかったからねー。うん。悩んだことはないよ。おかげであんまり仕事ないよ」
あっけらかんと答えられた。なんの参考にもならないが(笑)そういう人もいるにはいる。だからといって、なにも努力してないかどうかはまた別の話であるが。
その3 体力のこと 2003 04 24
故・手塚治虫先生がある読者に
「私は体が弱いのですが漫画家になれますか」
と聞かれて
「体の弱い人は漫画化にはなれません」
と答えたというような話を(言葉は定かではない。だいたいそんな話だったというだけ)聞いたことがある。
かく言う私も昔お世話になった人から「知り合いの学生で人工透析受けてる子がアニメーターになりたいって言ってるんだけどアドバイスしてあげてくれない?」と頼まれ、一応念のためにそっちの業界の関係者とも相談の上「絵が描きたいなら趣味でおやりになった方がいいと思います」と言ったことがある。
職種は少々異なるが、漫画もアニメも過酷な労働である。いざとなったら(特に若いうち)徹夜の一つや二つ楽々こなせないようでは仕事ができない。
私も四十代半ばになってさすがにめったに徹夜しなくなったが、二十代の始めは徹夜で原稿上げてそのまま仲間とディスコ(死語?)でまた徹夜とかした。野球漫画で有名なM先生など徹夜明けに草野球で完投したりされると若い頃に聞いたりもした。
だいたいヒット作家というのは量産型が多い。
週刊連載をこなす頭脳と体力(頭脳は場合によっては誰かが肩代わりしてくれることもあるが)がないとなかなか金にはならないようだ(だから私は水のみ漫画家)(笑)。
友人のT橋先生など若い頃はほとんど週刊二本状態だったりした(週刊一本隔週一本読み切りぽこぽこ、とか)。
アシスタントが何人もいるからとはいえ、よくこなせるもんだと思ったが、後々話していると自分とは体力が(そしてそれ以外も)違うと痛感した。いわく
「最近はあたしも歳をとって、漫画を描いていてもお腹がすいたり眠くなったりするようになったよー」
「若い頃はならんかったんか」
「うん、だからどうしてアシスタントたちが執筆中にお腹がすいたり眠くなるのかわからなくて」
原子力かなんかで動いているらしい。いわく
「最近は私も歳をとってたまにアシスタントにご飯を作ってあげる余裕がなくなったよー」
週刊連載やりながらそんなもんまで作っとったんか(笑)。
元々の才能に開きがある上に体力でもこうである。いや体力も才能の内か。どうにもハンディキャップマッチな業界である。いや、世の中みんなそんなもんなのだ。
昨今は子供達を傷つけないようにと運動会の徒競走でみんなが仲良く横並びでゴールして順位をつけないなどという茶番をやってる所もあるらしいが、そんな嘘をついたって人間はその能力においては皆不平等なのだ。偽善的なインチキ平等社会で育った子どもが卒業して実社会の現実に直面したとたんショックでキレたりひきこもったりするよりも、子どものうちから厳しい現実をありのままに教えておいた方がなんぼかいいと私は思う。
ちなみに彼女、気にいらないコンテを100ページ以上一日で描き直した記録もある。先だってK社のパーティーで某有名女流漫画家と話す機会があったが、そのY先生も似たような記録がおありなようで、ヒットメーカーというのはどうもそれくらいの芸当はできるものらしい。
その2 努力する才能 2003 04 20
若い頃は「努力」というやつはやる気になれば誰にでもできると思っていた。
その努力が目的に合った的確な努力かどうかは別としても、である(それには知力や運もいる)。
拙著『本気のマンガ術』なども、最低限の才能があれば努力さえすればこれくらいのものは獲得できるというニュアンスを持って描いたところはある。
はっきり言って、私、山本貴嗣をものすごい天才とか巨大な才能の塊などと思っている人はまずいないと思う。マンガ界には私よりも巨大な才能の持ち主があふれている。逆に言えば、山本程度の才能でも努力や技術で補えばこの程度には成果を上げられるのだ、と読者が思ってくれたらいいな、と思っていた。
しかし、努力とはなんだろう。
浮かぶイメージは人によって異なるが、なんらかの地道な練習をこつこつ続ける、という事ではみんな共通するのではないか。
スポーツや武術と同様、マンガにもそういう反復練習の積み重ねなしには獲得できない技術、能力がある。
思ったところに思った線を引くこともそうだ。
アマチュアはまず、イメージしたところにペン先を持っていけない。引いている途中で手が暴れて勝手なところに走ってしまう。この線がどこに行くのか私の腕に聞いて下さい、というやつだ。
これの解消には何か特効薬のようなコツがあるわけではなく、何枚も何枚も原稿を描いて失敗しながら体で覚えるほかはない。思い通りにいかないのはストレスだがその過程を自分なりに楽しめる何かを見いだしながらやっていくほかないのである。
ボクサーを夢見る若者が必死にサンドバッグを打ったり、スパーリングをするのと似ている。
あれを普通は努力と言うが、思うにそれは「嫌なこと」なのか「楽しいこと」なのか。
本当に嫌で嫌でたまらなく感じ、拷問にも等しいと思う人は、たぶんボクサーにはなれないと思う。
ある種の苦しさや大変さはあっても、それなりに好きであることができた人だけが、その階段を登っていけるのだと思う。
つまり、そういう積み重ねを楽しむ能力、才能のない人はプロにはなれないということだ。
事実、二十数年前のアマチュア時代、私よりも才能があるなーと思った知り合いにも、その「自分を研ぎ上げていく才能」がなくて消滅した人が何人かいる。基本的な才能の多い少ないのほかに、このオプション「努力する才能」があるかないかが、けっこう運命の分かれ道のようだ。
まあ中にはあまりにも巨大な才能に恵まれて、思うがままに筆を走らせ、描くもの次々大ヒット、嫌な苦労はしたことがないってえ化け物もいるのかも知れないが、これまで会ったヒットメーカーはたいがいみんな、私よりも大きな才能の上に私よりも苦労と工夫を重ねる努力家だった。ただ、そういう人たちは、自分がいかに地道な積み重ねをしてるかなんて苦労話は公開しないため、一般の読者には伝わらないだけである。
努力することも才能の内と考えると、本当に成否は才能のあるなしになる。
となんだか堅苦しい話になってしまったが、平たく言うと要するに「マンガを描くのがどれくらい好きか」ということに尽きるのではないか。マンガを描くということは絵を描くこと、お話やキャラクターを考え練り上げること、様々な要素の総合である。それらすべてを愛せないということは、その人は「マンガを描くのが好き」なのではなくて、ただ「ラクガキをするのが好き」だったり「なんとなくイメージを思い浮かべているのが好き」だったりするだけの、「マンガを描くことではない何か」の愛好者だっただけなのだ。
その1 才能こそすべて 2003 04 14
漫画家の成否を決めるのはなんだろう。
一番の要素は才能である。
拙著『謹画信念・本気のマンガ術』を見て、私のことを「努力至上主義者」と勘違いした人もいたようだが、まず才能があるのを大前提として努力云々を説いているのであって、言ってみれば「才能至上主義」である。「努力至上主義」とは誤読・勘違いも甚だしい。
有名な画家の平山郁夫さんだったろうか、美大に入学した時に、学長の訓示で
「君達は玉石混交である。しかし磨かないと宝石もただの石のままである。石は磨いても石のままだが」
と言われたと何かで聞いたように思うのだが、けだし名言である。
言い方を変えれば、才能は元手、努力して得られる成果は利子のようなもので、元手のないところに利子はつかない。かく言う努力家の私(笑)がこの程度の漫画家であるのも、元手の才能に応じた利子の結果に他ならない。
私が思うに、漫画家の成功不成功は90%が才能で、あと10%が運とかその他の要素だと思う。才能のない人は努力してもムリである。ちなみにここで言う「成否」というのはデビューできるか否かなどという低次元の話ではなくて、何年にも渡ってプロの漫画家であり続けられるかというレベルの話である。
もっともこのパーセンテージは厳密な学術的データのようなものがあるわけではなく、自分やいろんな他の作家達を見てきた経験上のおおざっぱな物言いではある。
物書きの友人には「才能が50%で、運や努力が50%」と言う人もいるが、これまで同じ質問をぶつけた私の知り合いではこれが最も才能の比率を少なく見積もった人である(本人は巨大な才能の持ち主であるが)(笑)。
私のようなマイナー作家の考えだけでは心もとないと思い、友人の超ヒットメーカーにも意見を聞いてみたが、果たして同様の答え(才能85%運やその他15%)が返ってきた。けして山本の個人的偏見ではないと思われる。
しかしである。
かの大発明家エジソンだったか、「天才とは1%の才能と99%の努力である」みたいなことを言っている人もいたはず。そうつっこまれるかもしれない。確かに。しかしここには一つ、「努力」という言葉の解釈に、いくつか注釈が要るように思う。それについてはまた後日。