中国結びとは

中国結び(ちゅうごくむすび・チャイニーズノット)とは
紐(ひも)を結ぶ事で様々な形を制作していく伝統芸術です。
歴史は中国春秋戦国時代の末期(紀元前5世紀)から
戦国時代(前403〜前221)に作られた青銅の壺に
「双銭結」(そうせんむすび)が紋様として使われていたことから
2000年以上前からであるといわれています。
日本の奈良正倉院にある唐代の腰帯には
「十字結」(じゅうじむすび)で結ばれた袋が付いており
中国結びが海外へと伝播していたことがわかります。
当時の日本は唐王朝に遣唐使を派遣して貢物を送っており、
唐はそのお返しとする贈り物を紅白二色の麻縄で結び、
海路の無事を祈りました。
  これが日本で今も使われている水引などへと発展していったのです。  
参考文献・「中国結的歴史面貌」「中国結3」
陳夏生著(元台湾故宮博物院学芸員・中国結研究家)

東アジアの結び文化の源流は中国ではありますが、
料理の麺類が様々であるように
中国結びは「チャイニーズ・ノット」
日本の結びは「ジャパニーズ・ノット」
韓国結びは「コリアン・ノット」

というように、結び文化も国により様々に発展し現代に至ります。
結びの名前・意味合い・作法・スタイルなど、ひとまとめでは味わえない
その国々の思想に基づいた深い意味や・歴史・伝統があります。

また、結び芸は「組み紐」とよく間違われてしまうのですが、
組み紐は「糸を組んで紐を作る工芸」の事。
結び芸は「紐を結んで形を作る工芸」の事なのです。
紐を「作る」のは「組み紐」
紐を「結ぶ」のが「結び芸」
似ているようで違うのです・・・。

更に日本語の場合、糸→紐→縄→綱 と いうように
太さによって材料の名前も違うので、細すぎる糸はあまり使いません。

中国結びは中華伝統の「紐を結ぶ工芸」「結び芸」なのです。


お勧め書籍
英語版ではありますが、故宮博物院出身の専門家による詳しい図解・美しい作品紹介がされている、
日本で入手可能な専門書です。かなり充実した内容です。

この書籍と私の考えについて

「中国結び」とひとくちに言っても、
中国結びに特化しているケースと、他の結びを混ぜているケースが混在している・・・ということについて。
あくまでこの15年ほどの個人的な経験と観察からですが、日本では結び方の入口を教えてくれるところがあっても、
台湾や中国で見るような、工芸的美術的要素の高い作品を、専門的に教えてくれたり扱う作家は非常に少ないと感じます。
しかも仮に「中国結び」と名前が付いていても、扱っている作品には西洋の結び「マクラメ」の技法や、日本風に仕上げてあるものが混ざっているケースが多いのです。
そのため紹介する側も受け取る側も、中国結びと他の結びジャンルを混同して認識している。という状況がかなり見受けられます。

実は中華圏の中国や台湾でも、実際に調べてみるとそのようなケースはよくみられます。
元ネタを日本の結びや西洋の結び(マクラメ)の本から持ってきて、説明無く「中国結び」だと教えてしまう現地の先生も少なくありません。
例えるなら中華の看板であっても、中を良く見るとファミレスのようにサンドイッチあり、お寿司あり、ラーメンがメニューに並んでいるような感じです。
おそらくはじめから予備知識があり専門的に学ぼうと注意していれば、このような事は避けられますが、知らないまま何となく趣味で始めた場合、混ざっていても気がつかず手にしてしまう可能性が高いのです。
中にはその延長でそのまま教える側となり、それを「中国結び」として伝えてしまうケースも見受けられます。

その結果、中国結びの作品として発表されたものや中国結びだと言って教えられたものが、実は日本結びやマクラメの書籍に載っていたものとそのまま同じであった・・・。という話も珍しくなくなってしまいました。
充分に確認せず広げてしまった結果が、これらの原因の一つなのではないでしょうか。

中国結びは名のとおり、中華の伝統工芸なのですが、
以上のように、あきらかに中華以外の他民族のアイコンやシンボルを混ぜて 「中国結び」としてしまうケースが後を絶たないのです。
教える側、伝える側があいまいなまま広めてしまえば名称自体の意味も違ってきてしまいます。
これにはちょっと問題が有るように私個人は思います。
中国結びが日本に伝わり、日本風になってきたものが日本結びであると考えるならば、中国結びという名のままに日本風に仕上げてしまった時点で「それ」は、中国結びから離れて「日本結び」寄りになっていくからです。
「お雛様や兜、アジサイ、鯉のぼり・・・サンタやリース」を「中華の伝統」とするには、違和感を感じます。色紙に貼り付けて仕上げるのも・・・。いうなれば器としての「色紙は和の器」なので、良く考えてみればやはりしっくりこないものです。
例えばチャイナドレスの足元に下駄やぞうりがあるようなイメージです。どうでしょうか?
例えばお茶にも同じことが言えます。
中国茶は中国茶として飲むからこその味わいです。日本茶や紅茶と混ぜて飲まされ「これは中国茶だ」と言われても困りますね。

そしてその区別がついているからこそ、お互いのジャンルを尊重して、交流や楽しむことができるのではないでしょうか?
これは中国結びだけではなく他の事にも当てはめられることだと思います。

中国結びとして専門的に扱うのであるならば、やはり基本は器に合ったものを盛り付けてこそ、中身も活かせるのではないか?と思います。

世界には中国結び以外にも様々な結び芸のジャンルがあり、専門の方もいらっしゃいます。
日本風にしたいなら、いっそまんま日本結びの道に行くほうがすっきりするし、西洋風にしたいならば、まんまマクラメを学んだほうが確実です。また、それらの入り口を混ぜた企画手芸アジアンノット(アジアではなく西洋結び、マクラメの材料業者が始めた企画商品です。アジアンノットは中国結びとは異なるものです)などの手芸方面ノンジャンル系もあります。いずれも日本には優れた先生方がたくさんいらっしゃるでしょう。

趣味の範囲ならまだしも、お仕事や情報の送り手側になるのならば、初心者やまだ知らない人への影響とは無関係にはなれません。
大義名分をつけても、混ぜたものは混ぜたもの。事実「中国結び」単独ではないのです。
中国結び!と「結び」の前に「中国」を銘打って扱う場合、使用言語以外無理に日本結びやマクラメの作品を混ぜ込む必要はないのではないのでしょうか?

わかりやすく提供する事は大切ですが、基本本質を崩していいという事ではないですし、別のものになってしまう可能性もあります。
こだわらないほうが良いことも大切ですが、ものづくりに大切なのは「こだわる」ことでもありますね。
一過性で終ればなんでもないかもしれませんが、好きになって長続きすればするほど、だんだんわからなくなってきてしまいます。
後悔する事にならないとも限りません。気がつかなくても自分をきっかけに他人への影響ももちろん出てきます。これが一番怖いこと。
送り手側として、好きだと公言しているものを、自分の無知からくる軽率な行為で雑に扱わないように気をつけていきたいのです。

私は「中国結び」の技術を磨くために、台湾に60回以上通っています。働きながら時間や費用を作りました。
15年ほど前は日本で中国結びを専門的に学ぶための手段が見つからなかったからなのです。
本だけでは思うように理解できず、あきらめきれないので台湾まで通って学ぶ道を選びました。
仕事の関係で駐在していたり、留学生だったついでに、趣味で中国結びを始めたのではなく、はじめから創作活動にしたいと考え、
技術習得の目的で学びました。
充実した日々ではありましたが、それでも簡単に前へ進めたわけではありません。
私にとっては限られた貴重な滞在時間でも、出会った全ての先生が丁寧に指導してくれたわけではなかったのです。
悩みながら納得できる先生を探したり、考え方が近い方々となるべく交流するように心がけたり・・・といろいろな事がありました。

食べ物同様、身体に入り自分を作り上げていく情報や出会い。
イメージや外見だけではなく、内容も確認して選択し、取り入れていくことの重要性を実感しました。

今は、信頼できる先生にめぐり合うことが出来、生徒さん達にも恵まれ、作品制作や研究に打ち込む充実した日々をすごすことが出来ています。

漫画家なので基本がマニアックです。とことん調べて納得してから提供したいし、そこまでやるからこその専門家でありたいと思っています。
是非様々な方面と比較し、じっくり検討したうえで必要でしたらお役立てください。
皆さんの中国結びに対する知識の一助になればと思います。私の作品はこちらでもご紹介しています。

これから中国結びを知ろうとする方々に、少しでも良いご参考になれれば嬉しいです。
                                                                みなみりょうこ・美榮結子

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