重い魚雷、羽毛(はね)のように

「アメリカの空母」刊行便乗30万5千おまけ


 「兵器生活」では、戦時中、一般国民あるいはミリタリーファンが、どのような通俗軍事情報に接していたのか? と云うことを、当時の書籍・雑誌から紹介しているわけだが、そう云う活動を5年も続けていると、諸外国での通俗軍事情報がどのようなものであったのかを知りたくなるのも、人情と云うものである。しかしながら、外国語ができない主筆に海外の古本屋から、書籍雑誌の類を取り寄せる能力はなく、入手したとて内容を紹介するのが至難の業であることは云うまでもない。よって当時の海外文献に関しては、日本側で明白に引用している実例があるのをを知りつつも、手を出さないでいたのである。

 ところが、古本の神様はそれをこころよしとはされず、主筆に古書市で戦時中の米国雑誌を発見せしめたのである。入手してしまったからには、紹介しなければ古本を集める意味は無いわけで、今回はそこに掲載された広告で一本仕立てた次第である。本来であれば、面白そうな記事を紹介するところなのだが、たとえ図版が面白くても、主筆の語学力は文章まで読み込めるものではないし、米国の事情も知らないので、簡単そうなところから始めていこう、と云うわけである。

 「AIR NEWS」と云う雑誌(これが米国雑誌史で、どのような位置付けにあるのかは、知りません)の、1943年9月15日号の裏表紙である。米海軍の雷撃機「アベンジャー」が魚雷を投下している場面である。
 「アベンジャー」は、米海軍が誇る艦上機であり、戦艦大和の撃沈に功績をあげ、レーダーを搭載した型は、戦後自衛隊でも使われたほどの名機である。詳細については、ネットでも書籍でもプラモデルでも色々あるので、そちらをあたって欲しい。※広告のイラストを拡大したもの

広告の文面は以下の通りである。

Torpedoes by the Ton...but controls like a feather
The planes that fire "battleship busters" are virtually combination truck and sailplane by reason of their structural ruggedness and fine sensitivity to control.

Air battleship against battle wagon in explosive, buffeting and blazing air battle demands that the plane be built right.

The parts that go into it must be perfection itself !

Here we have our mind's eye on our great responsibility, for Freedom is at strake! Our boys must come back victorious! That's the idea that animates every worker and the management of GENERAL AVIATION. Our slogan is "fighting equipment second to none!"

general aviation equipment co.,inc
.

 日本語の場合だと「例によって仮名遣いをあらため、一部の漢字を新字体とした」云々と断り書きを入れるのだが、なにせ敵性外国語であるから、仮名遣いも新字体もない。元の書き手ごとに漢字や送り仮名が異なることも無いから、そう云う意味では書き写すのはラクだ。
 いくら「英語できません」でも、原文だけでは読者諸氏には申し訳が立たないので、総督府翻訳部による訳文を掲げる。

重い魚雷…羽毛のようにコントロール
「戦艦壊し」を発射する飛行機は、頑丈な構造と、繊細な操作感覚から、トラックと滑空機を組み合わせたものといえます。

爆薬で揉みくちゃにされ、焼けつくような「浮かべる城」に対する「空征く戦艦」の戦いは、飛行機が正しく製造されることを要求します。

そこに入る部品は、完全でなければなりません。

わたしたちは重大な責任の上に心の眼を持ちます、なぜなら、「自由」こそわたしたちの支えだからです。兵士達は、勝利の中に還らねばなりません。それが、GENERAL AVIATIONのすべての労働者と経営陣を行動づける考えです。わたしたちのスローガンは、「何にも劣らぬ戦う器材」です!

ゼネラルアビエーションイクイップメント株式会社


 訳してしまえば、たいした内容が書かれているわけでもない。しかし企業広告の文案と云うのは、限られたスペースの中で、広告主の云わんとすることを明瞭に伝え、しかも企業イメージを崩さない(あえて『崩す』パターンも増えてきたが)だけの格調が求められるわけで、それを別な言語に置き換えると云うのは、詩歌を訳すのに匹敵する難物だったりもするのだ。
 と云うことに、訳しているさなかで気が付く私は、愚か者である。

 原文は略したが、広告の下には、ゼネラルアビエーションイクイップメント株式会社(以下GAE社と表記)の営業品目として、構造材、脚の部品、滑車、銃座のマウント、装填用ハンドル、機銃の弾帯(の弾じゃあない方−『リンク』)、設計・製造図書を入れるケースがイラストで紹介されており、雷撃機の画とはかなりギャップがある(笑)。個々の部品が良くなければ、総体としての航空機は役に立たない、と云う主張はしごくごもっともなのであるが、誇大広告のような気がしないでもない。
 英語を日本語にすると云うことは、学生時代にやったきり、成績よろしからずで、こんな面倒なことはやりたくも無いのだが、昨今はネット上で翻訳が出来る、と聞いていたので、YAHOOの翻訳サービスを利用してみた。翻訳にあたっては、原文を打ち込まなければならないのだが、ページを作るには、どのみちテキスト化しなければならないので、無駄ではない、とまずは思ったものだ。
 出来上がった文章は、こうなった(>以下は素朴な感情の動きである)…

1. Torpedoes by the Ton but controls like a feather.
規制以外のTonによる魚雷は、羽を好みます。
>なんじゃこりゃ?

2. The planes that fire "battleship busters" are virtually combination truck and sailplane by reason of their structural ruggedness and fine sensitivity to control.
「戦艦バスター」を焼く飛行機は、実質的に支配への彼らの構造上の荒々しさとすばらしい感度の理由による組合せトラックとセールプレーンです。
>「戦艦バスター」、魚雷のことだな、 「セールプレーン」??

3. Air battleship against battle wagon in explosive, buffeting and blazing air battle demands that the plane be built right.
爆発性で、襲っていて、激しい航空戦いの戦いワゴンに対する空の戦艦は、飛行機が正しく建造されるよう要求します。
>「航空戦いの戦いワゴン」? 「爆発性で、襲っていて」?

4. The parts that go into it must be perfection itself.
それに入る部品は、完全でなければなりません。
>これはマトモな文章だ

5. Here we have our mind's eye on our great responsibility, for Freedom is at strake.
はい、我々は我々の大きな責任の上に我々の心眼を持ちます、なぜならば、Freedomはストレークであります。
>「ストレーク」って何だよ!

6. Our boys must come back victorious.
我々の息子は、後ろに勝ったようにならなければなりません。
>…(もうどうでも良くなってきた)

7. That's the idea that animates every worker and the management of GENERAL AVIATION.
それは、あらゆる労働者とGENERAL AVIATIONの管理を活気づける考えです。
>…(今はこのネタに手を出したことを後悔している)

8. Our slogan is "fighting equipment second to none!" general aviation equipment co.,inc.
我々のスローガンは、「何にも劣らない戦う器材です!」一般民間航空装置co.,inc。
>…(今さらネタの変更もできない…)

 云わんとしようとしている意味はわかる。しかしこれが訳文です、と掲載したら、主筆の程度を疑われても仕方が無い。これをとっかかりにして、あらためて単語一つひとつの訳語を調べ、英文和訳の宿題をやるように、置き所の解らない語は「なかったことにして」作り上げたのが、最初にあげた文章である。

 マルかバツかの答えや、何があったか、と云う結論を求めるだけであれば、単純な機械翻訳でも用は足りる。しかし、原文で使われた言葉が、書き手が数多ある単語から選びだしたものである、と云うことに気付いてしまうと、話はものすごく面倒になってくる。
 原文で使われている言葉に、適当な訳語が無いことがあるのだ。

 例えば「battlewagon」、バトルは「死のバトルじゃあ〜」と云う表現が使われる程度の日本化をしているし、ワゴンも、特急列車の「ワゴンサービス」、「犯人は黒っぽいワゴン車で逃走」なんて日本語化した使われ方をしている。ところが、「バトルワゴン」をネットで検索すると、タミヤのM113兵員輸送車と、レゴの「騎士の国」が出てしまうのだ。
 ちなみに、英語の辞書では「戦艦」と云う訳もあるし、文脈から考えれば、「戦艦」とするのが妥当である。ところが、原文が「battleship」ではなく「battlewagon」と表記している以上、その差異を訳語に盛り込まなければならない。しかし、「戦艦」を別な日本語で置き換えることが出来るのだろうか? 悩んだ末「浮かべる城」としてみる。「浮かべる」に対峙させるなら「Air battleship」は「空の戦艦」で、一度「天翔る戦艦」としたが、一晩寝たら「空征く戦艦」の方が強そううである。

 「strake」も困った言葉で、木造船の板を組み合わせて作った船体横に、一枚の長い板を加えて、補強と波切りをさせるものなのだが、アメリカ人大好きの「Freedom」と結び付くと、連合国あるいは自由社会の重要な構造物を支えるモノを意味しているわけだから、「梁」あるいは支えとでも表記せざるを得ない。日本語であれば、「心棒」「土台」に相応するところだが、外側にあるモノを内側にしてしまっていいのか? とも思うのである。

 「 sailplane」には、別な問題がある。グライダー、滑空機で訳としては問題ないのだが、自分自身にグライダーと「fine sensitivity to control」を結び付ける発想が無いので、雷撃機=トラック+滑空機いう図式が理解できないのだ。嫌いな食べ物を無理矢理呑み込まされるような感覚がある…。
 そういう翻訳上の悩みを投擲して、意味だけ通るようにしてやると、

  重い魚雷、羽根(はね)のように…
  雷撃機はトラックの頑丈さと、グライダーの操縦性をあわせもっています
  戦艦と雷撃機との熱く激しい戦いは、正しく製造された機体を必要とします
  部品は完全であること!
  私達は大きな責任のもと、製造現場に目をみはります。「自由」は世界の支えだからです
  兵士達は凱旋しなければなりません
  それが、ゼネラルアピエーション全社を動かす思いです
  「どこにも負けない戦闘器材を!」それが私達のスローガンです
    ゼネラルアビエーションイクイップメント株式会社

 となる。訳文を二つも読まされた読者諸氏にはお気の毒ではあるが、やっぱり詰まらない内容である(今の企業広告も、こんなものですね)。しかし主筆当人としては、ネット翻訳の手法を体得することができたので、決して無駄ではない。こうやって、コンテンツが一つできたことを思うと、儲けたようなものである。
 これで終わりにしても良いのだが、終わらない。
 戦時中の米国雑誌掲載の広告を持ち出してきたのは、別に「解体新書」ごっこをするわけではなく、広告のイラストを紹介するためなのだ(例によって前振りが長くてスミマセン)!
 魚雷を投下している雷撃機のバックでは、敵(日本人読者から見れば『我等が誇る帝国海軍』)の軍艦が、焔をあげてまさに沈み行くところなのだが、


 空母のカタチが、戦前の出版物でおなじみの「三段空母」になっているのだ! 「日の丸」をつけた飛行機が墜落していくところも描かれている。最初の画像に戻っていただくと、画面に出ている艦が、すべて火災を起こしているのがお判りいただけるはずである。

 広告中で米軍機が、「三段空母」をいたぶっている頃、われらが帝国の航空兵器会社広告が、どのようなものであったかを、最後に紹介する。

 敵艦隊発見!
 偵察機ヨリ待機中ノ母艦ヘ
 此処ニ我等ノ無線機ノ活躍ガアル

 航空機用
 無線機

 無線通信機真空管製造
 東京電気株式会社


 「航空朝日」昭和18年4月号掲載の広告である。GAE社の広告と対になりそうなモノを、わざわざ探してあるのだ。
 先のGAE社の広告が、描かれた戦果すべてが自社の功績に属するかのようなものに対し、こちらはずいぶん控えめである。「発見!」で終わりにしているから、勇躍出撃した我が攻撃隊がどうなろうが、あずかり知らぬところなのである。

 九八式陸上偵察機を描いているようなのだが、胴体後部が新司偵のようにスマート過ぎる。一度ちゃんと描きあげたものの、
 上役「君、ちょっと不格好すぎやしないか?」
 絵描き「じゃあチョット直しておきますか」
 と云うやりとりがあったかどうかは、定かではない。しかし、海の向こうでは
 ボス「ジャップノ最近ノ空母ハ三段甲板デハナイラシイゾ」
 イラストレイター「オー・マイガーッ!」
 と、頭を抱えてしまった人がいたに違いないと、ヘンな確信を持っている(笑)。 

(おまけのおまけ)
 広告主である「ゼネラルアビエーションイクイップメント株式会社」がどんな会社なのかは不明。雑誌の裏全面の広告を打てるくらいだから、相応の会社だと思われる。「ゼネラルアビエーション」と云う言葉は、現在では軍・定期航空便を除いた、民間航空と云う意味合いで使われているので、ネット検索しても時間の無駄。「レストラン」と云う屋号のレストランを探すようなものである(笑)。

 米国の兵器産業の広告については、「ウェポンズ・アド 広告に見るアメリカ航空産業の企業戦略」、「ウェポンズ・アド2 広告に見るアメリカ兵器産業の企業戦略」(西村 直紀、グリーンアロー出版社)と云う本が出ている。「ウェポンズ・アド」の一冊目は総督府のどこかに仕舞ったままで、二冊目は持っていないので、万一ネタがかふっていると、訳文の出来を絶対比較されてしまうので、図書館に出かけて調べてある。幸いにして、この広告は掲載されておらず、不幸にして「ゼネラルアビエーションイクイップメント株式会社」についての記述は無い。世の中うまくいかないものである。

ふっへるふんど