愚問と賢答

懸賞対話選びで50萬5千おまけ


 神保町の本屋で、「キッコーマン」と云う冊子を綴じたものを買った。
 キッコーマン株式会社が『野田醤油株式会社』時代、販売店(市中の酒屋さん)向けに配布していたものである(いつまで刊行されていたのかは不明)。昭和11年から13年終わり頃までの分が不揃いで9冊、特製バインダーにまとめられている。

 中身は、
 ・販売店経営者(酒屋の主人)に向けた啓蒙記事
 ・キッコーマン商品の記事
 ・販促イベント(観劇、映画大会など)紹介
 ・販売褒賞(昭和11年秋期を例にとると、販売店向けに『五樽毎に特別抽選券一枚呈上』−50円から1円の金券、店員には『貯蓄奨励六万円提供サービス』−店員名義の50円から80銭まで預け入れ済み郵便貯金通帳の提供(総額六万円)、お客様(『御需要家』)には『御家庭向景品漏れなく呈上』とある。預金通帳は、その筋から文句があったのか、同額の商品券に改められた)について
 ・娯楽読み物
 と云う、よくありそうな内容である。


第十号(昭和12年6月)表紙

 しかし、大豆を醸造して美味しい醤油が出来るように(笑)、この手の冊子も50年60年経つと、猫のように「化ける」。
上にあげた第十号の表紙は「キッコーマン醤油自動樽詰機(第十七工場)」を写したものだが、横に「撮影・日本工房」と書かれている。「日本工房」と云えば、日本写真史・メディア史に必ずその名が挙がる、名取洋之助主催のプロダクションじゃあないか! と、当時の読者から見ればどうでもよい事が、後世の楽しみになっているのだ。
 綴じられている冊子の中には、「樽」(16リットル入り)の製造工程など興味深いものが含まれているが、日本の醤油史をまとめよう、戦前の食品事情を押さえようと云う野心があるわけではないので、わざわざ古本屋をしらみつぶしに当たって、全冊揃えようと決心するわけじゃあない。
 小皿に醤油を注いだ際、卓に垂れた醤油を舐める心持ちで、ネタを拾ってみるのがせいぜいなのだ。

 今回は、「キッコーマン」第六号に掲載された、「対話選び」で、遊んでいただこうと云う趣向である。


第五回大懸賞 対話選び

 写真のような新婚夫婦が何か対話していますが、次の六つの言葉の中に二人の正しい対話があります。それを次の六つの中から二つだけお選び下さい。

1.キャッチボールをやろうか
2.おい早く弁当詰めてくれよ
3.あら、あんた妬いてるの
4.スペインが大変だわ
5.債券が三千円当たったぜ
6.あまりせくものではありませんよ



 解答
 官製ハガキに限る
 男は何番、女は何番と明記して下さい

 (略)
 賞品
 一等 三円券(一名)
 二等 二円券(五名)
 三等 一円券(二十名)
 選外 粗品(百名)


 ※既に終了した懸賞です。送り先へのご迷惑となりますので応募しないで下さい。

 「愚問賢答」と云うべき、ちょっと考えれば誰でも正答できるもの。
 正答は
 男:おい早く弁当詰めてくれよ
 女:あまりせくものではありませんよ
 (男2、女6)である。
 「スペインが大変だわ」は、この頃、スペイン内戦で、反乱軍(フランコ軍)が首都マドリードを包囲・攻撃に入っているため。現在と同じ程度に国際情勢は気にかけられている。
 続く「キッコーマン」第七号の対話選びは以下の通り


第七回大懸賞 対話選び 新題

 左の写真で若いコックさんと女中さんが何か対話していますが、次の六つの言葉の中に二人の正しい対話があります。それを二つだけお選び下さい。

1.アメリカに行こうか
2.暴風雨になりそうだわ
3.おい何ぼんやりして居るんだい
4.フランスの平価切下げよ
5.故郷のこと考えてるのよ
6.ヒットラーに会いに行きたいな


 次号・第八号には、当選者名は記載されているのだが、正答が記載されてない
 と云うわけで、
 男:アメリカに行こうや
 女:ヒットラーに会いに行きたいな
が、誤答であるとは、誰も云い切ることが出来ない。ヒットラー人気、相当なものです。

 ※こちらも応募はとうの昔に締め切られています。
 タイトルの「愚問賢答」は、第七号の記事「年末年始宣伝プラン御案内」にある
 『○愚問賢答』から取ったもの。内容は、

 之は店先なり、ショウウィンドウを利用する。適当な紙に問題を書いて掲示してお客の答案を求めるのだ。
 例えば
 『私が「今何時でしょうか」と質(たづ)ねたら「九十の爺さんよ」と答えました。何時でしょうか?』という問を出して、正解者のうち抽選により、一等キッコーマン醤油一本、二等以下何々と定めて発表する。
 問題はなるべく自店の屋号や、商品に関係あるものを選ぶのだ。答案は、お買物した客ばかりでも、誰にでも出来るようにするのもどちらでも良い
 勿論、前問の答えは
 「もう六時(耄碌爺−もうろくじじ)です」
 町内の人気を沸かすこと請合いだ。

 「もう六時」と自店の商号あるいは商品と、如何なる関係が存在するのか、もはや探求する事は不可能である。そして、この程度のクイズで、「町内の人気を沸かすこと請合い」であれば、「兵器生活」は毎回バカ受けしてしかるべきであろう。
 世の中うまく廻らないものだ。

(おまけのおまけ)
お中元シーズンに発行された「キッコーマン」の裏表紙を掲載しておく。もちろん、総督府にお中元を送れ、と云っているわけではない。