「エヂソン」対「ヱヂソン」!

ジャッジ無用のバンド対決


 使う目星を付けてた記事が見つからず、古雑誌をひっくり返す。
 「エジソンバンド」(以下特定の商品を示さぬ場合は現代表記とする)の広告が掲載されているのを見る。「兵器生活」でこの広告を使ったのは、いつの頃だったか…とパソコンのデータを見れば、2000年6月で、はや11年(2011年12月現在)のひと昔たったのかと驚く。
 感慨さておき、久方ぶりに広告を眺めれば、11年前には気付かなかったモノが見える。
 当初の予定は放棄だ!


「実業之日本」昭和13年1月1日号

 11年前はやる余裕もなかった広告文面記載も、この際なのでやる。

 朝夕十分間の使用で
 頭脳明晰
 記憶力増大


 薬品不要
 効果永久


 科学的健脳器
 
エヂソンバンド

 頭脳を二倍三倍に使える

 世界の発明王エヂソン翁が生涯愛用された「エヂソンバンド」こそは現代人の必携すべき頭脳の糧、活動の源泉です。
 日常これを用うれば頭が冷静になって記憶力が二倍も三倍も増進します。
 現代は徒に頭脳を酷使して心身を過労さすのは愚の骨頂です。須く科学的に合理的に経済的に頭脳を用うる者こそ最後の勝利者です。
 エヂソンバンドはこの目的を果す新発明品であります。

 特長
 特殊の合成金属製で重量僅か十五匁
(註・56.25g)頭部に付して少しも嵩張らぬ。最高度のラヂエーター作用を有し、心身爽快を覚え頭脳の過労を癒し、神経衰弱を根絶す。
 (全国著名書店文具店眼鏡店にて販売す)


 成功の女神は健全な頭脳に宿る

 誇大広告―現在の目で見て―の歴史的な見本の文面は、本題とは関係が無いのだが、「徒に頭脳を酷使して心身を過労」のくだりは、今日さらに過酷の度合いを強めている気がしてならない。
 11年前に気がつかなかったモノとは、以下の添え書きである。

 誠文堂新光社発行「科学画報子供の科学商店界無線と実験」等諸雑誌に掲載のエヂソンバンドは同名異品にて本会の発売品に非ず。御注意を乞う。

 「子供の科学」は、空想兵器ネタの源泉である。「商店界」も少し前に何冊が手に入れ、コンテンツに使っており、印度総督府及び主筆に対する貢献は、「実業之日本」の比ではない。
 手持ちの雑誌を探し当て、ページをめくれば、なるほど「エジソンバンド」の広告は出ている。思い返せば都度「まぁたエジソンバンドだよ」と飛ばしていたのだ。

 「実業之日本」掲載広告に戻れば、

 定価 二円
 送料 内地十五銭、領土四十五銭、代引十五銭増
 御送金は可成振替に
 輸入発売元
 能率研究会


 と記載されている。「領土」とは台湾・朝鮮・南樺太は当然入るが、サイパンなど南洋諸島は同じ送料で大丈夫なのかといらぬ心配をしてみる。
 余談さておき、「子供の科学」など誠文堂新光社の雑誌広告では、発売元は望遠鏡や電気工作セットなどと共に「代理部」名義である。と云うことは、少なくとも発売元が二つあることになる。

 エジソンバンドって、二つもあるの!?

 あわてて同時期の「子供の科学」を探すが、見つからないので、昭和15年7月号の広告を見る…


「子供の科学」昭和15年7月号

 健全なる精神!!
 健全なる身体!!

 理想的頭脳冷却器
 登録番号/第73326
 
ヱヂソン バンド

 のぼせ・頭痛に
 常に頭がづきづきする眼が充血して仕事の能率があがらない。こう云った症状の方は常に本器を携え、時々連続使用(20分位)を試みられよ。悪血は忽ち逸散し、頭は軽くなってきます。


 不眠・神経衰弱に
 神経衰弱の直接原因は不眠ですから、まず充分の睡眠を取るようにしなければなりません。就寝前本バンドを着帯すれば良く眠れるものですが、強度不眠症の場合はつけたままで就寝します


 鬱血・倦怠に
 勉強をしてもどうも飽きが来る。仕事をしても能率が上がらない。こんな時に本バンドを使用すれば一分間位で汚血は排除され頭は忽ち明快になり、別段努力を払わずして不知不識の間に健康なる頭脳となって来るのであります。


 と、これまた(今では誇大な)効能書きが連なる。注目すべきは左下のカコミである。

 にせものに御注意
 ヱヂソンバンドは、今から十三年前当社で発売したもので、古き歴史を誇る健脳器です。
 特殊な保強用金属を使用し、美麗な模様入りで登録番号第73326番ですから御注意願います。


 「実業之日本社」と「誠文堂新光社」と云う、老舗出版社の主力雑誌に、それぞれ「エジソンバンド」の広告が掲載され、相手をニセモノ扱いしているのだ!

 似たような商品がガチンコで争う場合、差別化のポイントを捻りだし、あるいは値段を少しでも下げて市場での優位性を得ようとするものだが、二つの広告文面を読む限りは、どっちもどっちである。

 値段は、大人用なら共に2円。誠文堂新光社の方は、小人用1円30銭があり、若年層への訴求が出来る分優位かと思われるが、当時の1円30銭は、「『月給百円』サラリーマン」(岩瀬 彰、講談社現代新書)の、2000倍説に従えば2千6百円―自分の感覚では一万円近くだが―となり、今時の中高生の小遣いの範囲内に見える。しかし、商品の性格を考えると、親にねだって買ってもらうべきものだろう。ねだられる親が「実業之日本」を購読している可能性もあるから、「どっちを買うべきか」と神経衰弱になりかかった親御サンも少なくなかったのではなかろうか?

 となると、掲載誌の格付けがモノを云うはずだが、財界人から野心的ヒラ社員までのオトナが読む雑誌と、その子弟が読む雑誌同士の高低なんぞ決めようがない。しかし、「輸入発売元」と名乗り、言外に「舶来品」を匂わせる「能率研究会」は侮れぬ。

 もう一つ気になる所がある。
 二つの「エジソンバンド」広告の、商品名をよーく見てもらいたい。
 能率研究会は「エヂソンバンド
 誠文堂新光社は「ヱヂソンバンド
 同名と云いつつも、厳密には名前が違うのだ!
 口に出せば同じ「エジソン」だが、片やア行の「エ」、片やヤ行の「ヱ」(『ヱビスビール』の『ヱ』ですね)となっている。

 この表記で先と後がわかるのではないか?
 そう考え、「エヂソン」と「ヱヂソン」、どちらが古い用例なのかを、国会図書館の蔵書で見てみる。ちなみに電子目録ではとっちも「エヂソン」だ。一番古そうな明治26年刊行の本は、以下の表題である。


これで「エヂソン」と読む…


「エヂソン氏肖像」つまり「エ」

 明治41年刊行の本は「エヂソン言行録」で、これまた「エ」である。


同一人物には見えないが、髪型は同じ

 以下昭和4年「エヂソン伝」(澤田 謙、大日本雄弁会講談社)も「エ」、戦時中の昭和17年「エヂソン」(安達 嘉一、新潮社)も「エ」である。
 ざっと調べた中で「ヱ」を確認したのは、「エヂソン翁第七十五回誕辰祝賀会報告」と云う大正14年に開催された祝賀会(エジソン本人が来日したわけではない)の記録集くらいなものである。しかし、「ヱ」表記はタイトルと見出しくらいなもので、本文は専ら「エ」で統一されているのだ。


見出しは「ヱ」、本文は「エ」


 今日は「エジソン」表記が専らであることを思うと、「エヂソン」が正統、「ヱヂソン」は傍流と結論せねばならず、誠文堂新光社が一気に不利となる。
 総督府への貢献分くらいは誠文堂新光社(といちいち打ち込むのf面倒だが)応援せねばならぬ。時代を少し遡った雑誌があるので、それを見る。


「科学画報」昭和8年4月号

試験目睫に迫る!
 頭の素晴しく良くなるメモリーバンド
 ―試験と格闘せらるる
   学生諸君に告ぐ―


 頭脳の強化を計れ!
 これが難関突破の第一条件である。
 快刀乱麻を断つ底の冷静な頭脳こそ
 遂に、最後の勝利者だ!


 『余は何故に疲れぬか』
 此答の対して吾人は躊躇なくメモリーバンドを差出すであろう。
 げにこのバンドこそ!現代の Miracle Doer である。


 特長
 ■特殊の軽金属製で重量僅か十五匁
  頭部に対して少しも嵩張らぬ
 ■最高度のラヂヱーター作用を有し
  絶対に逆上を防ぎ心身爽快を覚ゆ
 ■驚くべき記憶力の増大を来し、不眠頭痛を癒し、神経衰弱を防止す
 ■過度の勉強にも疲れず読書に研究に倦むことを知らぬ。
 ■のぼせ症、暗記力薄弱の者には無比の頭脳健康器である。


 試験勉強対策―「記憶力」=暗記と云う、当時の考え方が良く出ている―に特化した広告は、百科事典の中身が、アタマに収められるような雰囲気を、ハリコミ合成―当時は物理的な切り貼りだ―で醸し出すところも含め、お見事である(でも読まなきゃあならぬ)。

 注目すべき商品名は「メモリーバンド」だ。
 昭和8年時点で「メモリーバンド」と云うことは、昭和15年の広告で豪語した「十三年前」の商品名が「ヱヂソンバンド」であるとはちょっと考えられない。つまり、商品としては先んじたやもしれぬが、発明王エジソンと健脳バンドを組み合わせた名称は能率研究会の後塵を拝し、「エヂソンバンド」の名前が広まったため、やむなく「ヱヂソンバンド」に改称したと推察できるのだ。

 その傍証として、次の広告を挙げる。


「商店界」昭和9年4月

 ここでは「ヱヂソン メモリーバンド」と名乗っている。
 「メモリーバンド」→「ヱヂソン メモリーバンド」→「ヱヂソンバンド」と、商品名がグズグズ変遷しているわけだ。広告図案家の仕事を増やすためでは無いはずだ。
 ここで終わりにしてしまえば、「エジソンバンド」の謎(戦前編)は読者を煙に巻きつつ、首尾一貫したものになるのだが、今まで述べたことは仮説である。手持ちの雑誌には、こんな広告もある。


「商店界」昭和8年8月

 昭和8年の「科学画報」は「メモリーバンド」なのに、同じ誠文堂(当時・誠文堂新光社になるのは昭和10年)刊行であるにもかかわらず、「ヱヂソン・バンド」を名乗っている。
 こうなると、「エジソンバンド」広告の初出を突き止め、その時の商品名を提示するところまで行き着かなければならぬが、昭和の初めまで遡っていたら、今月(2011年12月)の更新に間に合わないのだ(笑)。