美人のいない温泉案内

風呂映画便乗61万おまけ


 「温泉にでも漬かってノンビリしたい」と思うことがある。
 一泊程度の温泉旅行で、俗世の垢がキレイに落ちるわけもなく、銭湯の浴槽の方がデカいよなあと戻ってくるのがオチではあるが、本の山が無い畳の部屋に大の字で寝転がれて、旨い料理と酒があり、同じ屋根の下に風呂があるのは結構な事には違いない。温泉旅館で「兵器生活」のネタづくりをすれば、相当な傑作が出来上がるんぢゃあなかろうか、と思ったが、ネタ本や資料を持ち込めば野積み山積みになるのは必定で、それでは総督府に風呂場が付いたのと変わらない(笑)。

 温泉の観光案内と云えば、湯船につかる美女・湯上がり美人に、卓に並ぶ豪勢な料理(イメージ)が相場と決まっているものだが、世の中そんなに都合のエエもんばかりじゃあおまへん、と突き付けられたのが、このパンフレットである。


『保健と別府』表紙

 本来、同じポーズをした浴衣娘がいるべき所に、毒気の抜けた野獣―日本軍に色々と「お世話になった」各地の方々から見れば―のように海を眺める兵隊さんなのだ。
 今日の晩飯何だろかと考えているようであり、大宇宙の深淵に想いを馳せているようであり、実は何も考えてないのかも知れぬ、これを眺める者の心を映す鏡のような表紙である。

 この「保健と別府」と云う冊子は、昭和13年9月に別府市役所観光課が発行―ナゼか印刷は大阪で行われている―したもので、その冒頭は別府湾からの眺望を捉えた写真に

 全市二千餘口から湧き出る湯煙は 湯布鶴見の高峰によって 強風を遮ぎるなごやかな山気に和し 更に碧波のオゾーンを運ぶ清鮮な海気と 一眸千里なだらかな横臥草原に放射する日光は 四季燦々として山水自然美の妙趣にとけ、遺憾なく我が別府市の全望は保健と療養、観光と遊覧の理想郷として躍動しているのであります。

 戦時下とは思えぬのどかな文章で始まる。一応、『温泉報国』と題されたページに、別府海軍病院・小倉陸軍病院別府分院での療養生活の一コマを入れ、「温泉の戦傷患者に対する外傷治癒の効果は全く驚く程です」云々の説明はあるが、


小倉陸軍病院別府分院(地獄泥土治療)


 これ等陸海軍病院内の療養風景は普通の病医院には絶対に見ることの出来ない朗らかさ、読書、囲碁、将棋、ピンポン、ベビー・ゴルフ、弓術と云った具合に、病傷の快復に応じ、娯楽設備が毎日引っぱり凧の有様です。

 と、こちらもまた、のんびりとしたものだ(ここでも温泉と云えば『卓球』なのか)。


別府海軍病院娯楽室


 以下「霊泉の妙用」(高安 眞一)、「名湯の条件」(松尾 武幸)、「温泉報国の別府市」(粟 篤吉)、「別府温泉と婦人」(今石 戦時郎―ずいぶん時局迎合な名前だ)のコラムがあり、巻末の「別府温泉の殺菌力」には「淋毒菌、黴毒菌などは四〇度以上の温泉内では十五分間で死滅します」とうれしい事も書いてある(人間を温泉で煮込むわけじゃあないから、効果の程は限られるのだが)。

 さらに温泉のお湯は、温室に張られたパイプに通され、その熱で「メロン、トマトなど高等蔬菜」の栽培が行われ、「温泉療養客の体力恢復に少なくない効果を収めて」いると云う(ルシウス技師は知っておるのか?)。

 療養中の兵隊さんも、たまにはメロンを食べさせてもらっていたらいいなあ…。
 (戦争が長期化して後、メロン栽培は出来なくなるのだが)
 裏表紙も、ご覧の通り太平楽な光景だ。たぶん今までのパンフを手直ししたのだろう。


のどかですねぇ(めぇ〜)