準備ハ出来タカ?

マグネシウム製『鉄兜』で63万おまけ


 昭和19年初め―米国による本格的な空襲が現実味を帯びつつあった頃―、市販「防空用『兜』」(非鉄製品)中に、効果の疑わしいものがある、と記した雑誌記事を、「洗面器は危ない、鍋もいけない」と題し、以前紹介したことがある。
 先日買った古雑誌に、特に効果のほどが疑問視されていた、マグネシウム製の『鉄兜』の広告を見つけ狂喜乱舞の末、今回のネタにする次第。

 準備ハ出来タカ?
 マグネシウム製
 桜花印 
鉄兜
 
一個八円八十五銭


 銃後第一線ノ護リ
 警防団、特設防護団
 隣組防空群
 学生報国隊、鉱山作業
 等に乞御利用


 品位=マグネシウム含有九九・九二
 重量=比重一・七(鉄ノ比重七・八)
   兜一個ノ目方約七〇〇瓦
   鉄ヨリ遙ニ軽ク活動ニ便利
 堅牢=丈夫一式・他品ノ追従ヲ許サズ
 低廉=特別奉仕的値段


 有名デパートニテ発売中

 「同盟グラフ」昭和17年1月号に掲載されたものである。
 この広告、同誌2月号にも掲載されているが。3月号(表紙に『祝・シンガポール陥落』の文字記載)には無い。本土空襲の可能性が低くなったと見たのか、他に理由があるのかはわからない。

 文面には、別段難しい言葉は使われていないが、「警防団〜学生報国隊」は、滅びた言葉であるので、イメージを掴んでもらえる程度の解説をする。
 これらは、民間の防空―「民防空」と称する―を担当する組織である。
 軍で行う防空―「軍防空」―は、敵機の警戒に始まり、迎撃機・高射砲等で敵爆撃機を撃退する、狭義の「防空」のみならず、むしろ進んで敵根拠地を撃砕するところまでも標榜していた(米国があちこちに軍隊を送り込むようなものです)が、爆撃されたあとの始末(発生する火事の制圧等)は、軍の仕事では無いとしていた。
 しかし、ゲタを預けられたカタチの警察・消防の処理能力には限りがある。このため、手の回りかねる所は、『火元』に暮らす民間人に対処してもらう、とするのが、「民防空」の考え方である。

 「警防団」は今日の消防団の前身にあたる組織で、地域防空の中核にあたる。
 「特設防護団」は、工場・鉱山・百貨店・貸しビル・ホテル・寺社・発電所など、自前の敷地・建物を持っているところが、各自で組織する、自衛/私設消防隊だ。
 「隣組防空群」は、隣組―10戸内外(広さによって戸数は異なる)の家庭で構成―単位に設置されるもので、当時の防空演習の写真に出てくるモンペ姿の婦人は、ここに属する。
 「学生報国隊」は学校単位に設置されるものだが、防空活動だけやっていたわけではない。

 「民防空」に携わる人は、乳幼児・児童・老人・妊婦・障害者と軍人を除く日本人すべて―軍籍にない皇族はどうだったのだろうか?―とされている。、これだけのアタマ数で初期消火にあたれば、「空襲なんぞ怖るべし」と喧伝されたが、「防空」となる言葉が生まれて以来、云われ続けていた「日本の都市は空襲に弱い」との指摘を覆すことは出来ず、多数の死傷者を出した事は、歴史的事実である。

 防空従事者の数を思えば、相当の需要が見込まれるはずだが、販売者は、「鉱山作業」まで紛れ込ませ、さらなる販路拡大を目論んでいる。戦争が早く終わると思っていたのだろう。

 「特別奉仕的値段」の一個8円85銭は、戦前1円=2千円とすれば17,700円、3千円なら26,550円となり、間をとって2万円と考えてみる。安い買い物とは思わないが、これで生命が助かる可能性がグンと上がると云うのなら、本代を削って買っても良い。ちなみに掲載誌は70銭と良い値段である。白髪染めの広告なんぞが載る、中流階級向けグラフ誌なのだ。

 さて、この商品の防護力はいかほどあるのだろう? 文面に厚みは記載されていないので、概算するしかないが、「目方約七〇〇瓦」がヒントになる。
 広告にはマグネシウムの比重1.7、鉄は7.8とあるが、もう少し細かくやれば1.74と7.86。これは同じ体積の水を1とした時の、マグネシウムと鉄の重さである。同じカタチの「鉄兜」を鉄でこしらえると、何グラムになるだろう?

 7.86/1.74=4.52
 700グラム×4.52=3,164グラム

 一方で、「機械化」19年2月号掲載の記事は、鉄製「防空用兜」は「厚さ1.2粍以上重量950瓦以上のもの」より薄いと危険である、と書いてある。この「1.2ミリ=950グラム」をモノサシとして、3.164キログラムの鉄兜の厚みを計算してやれば、桜花印のマグネシウム製「鉄兜」の厚みが算出できる。

 3,164グラム/950グラム=3.33
 3.33×1.2ミリ=3.996ミリ

 昭和19年記事は「マグネシウム軽合金鋳物製は、厚さ5粍以下であると弾片はたやすく貫通します」と記してあるから、

 厚さ4ミリ弱の桜印「鉄兜」はアタマを完全に護ることが出来ない! との結論が導き出される。

 結構な値段で使い物にならぬでは、詐欺だ誇大広告だと広告主を糾弾したくなるのが人情と云うもの。
 しかし、高射砲の破片が危険なものであると防空啓蒙記事に書いてあっても、ヘルメットにどの程度の防護力が必要なのか、と記載されたものを(『機械化』の記事を別にして)読んだ記憶がない。そう云う情報は出回っていなかったのではないか、と疑わざるを得ないのだ。

 防空当局が、装備製造に必要な情報を民間に出していないのであれば、桜印「鉄兜」を初めとする「買ってはいけない」商品が出回った責めを、業者にのみ負わせるのは酷である。

(おまけのおまけ)
 「東京市町会時報」第三巻・第六号(昭和13年9月)掲載の広告である。


国防袴「モンペー」


 時局に即応した服装の改善
 ・国防の充実には……
  ・家庭防火群の強化には……
   ・防火担任者の敏捷なる活動には……
 ・出征兵士の歓送には……
  ・防空大演習には……
   ・銃後の護りには……


 ・防水加工の

   モンペー「国防袴」を
    御愛用 御奨め致します

 ・奉仕的実費にてお頒ち致します
 ・団体等大量御注文は特に御相談申上ます
 ・御報次第即刻参上致します


 「戦時中」の女性と云えば、「もんぺ」姿を思い浮かべてしまうが、この広告文面から、当初は特殊衣料として捉えられていることがわかる。
 この広告を見てどれだけの反響があったのか、これも調べようがない。

 支那事変勃発から、まだ1年のちの広告なので、「出征兵士の歓送」「防空大演習」と、「時局に即応」しないと外聞に響く用途が含まれている。ここから防空活動の本番(本格的空襲)まで、まだ6年―もあるのかと思うと、その間、政治は何をやっていたんだろうと、うんざりする。

 なお、文中の「家庭防火群」は、のち「隣組防空群」に改称されている。