青年よ来たれ

「青年学校」勧誘チラシで69万8千おまけ


 今の生活に大きな不満はなくとも、学生時代をやりなおしたいと思う人は多いだろう。
 信号が点滅する横断歩道を駆け抜けた後に来る胸の痛みに耐える時、周回遅れのビリッケツ・歩くよりちょっと速いくらいだった当時でも、ここまで無様じゃあなかったと、溜息も付けぬ(まだ心臓がドキドキしてるから)我が身を嘆き、洋書屋にズラリ並ぶ背表紙をアタマを横に曲げて見ても、表題の意味が判らぬ哀しみを覚え、「兵器生活」の更新を月末ギリギリになってやってる自分に、試験勉強をサボっていたあの頃と変わっていないものを見るのだ。
 そんな私ではあるが、学校には毎日ちゃんと通っていたのだ。授業をサボって屋上でタバコを吹かしていたわけでもない(授業中に『ホビージャパン』読んでいて取り上げられた事はある)。模範でも落ちこぼれでもない、平凡な生徒だったと思う。

 改めて思う。
 英語が出来ないのは、教師の教え方が下手でも授業の内容が偏っていたからではない。英語で書かれたプラモデルの説明書を、辞書片手に読んでみる発想が起こらなかった所にある。
 目先にある課題―授業の一コマだったり、プラモの組み立てだったり―を片付ける事に終始・満足して、その周りにあるはずの世界に目を向ける機会を逃し続けたところにこそ、今の自分が弱点に感じている事象を育ててしまった真因がある。

 昔の自分をやりなおしたいとまでは思わぬが、学生時代の自分には会ってみたい。一発殴って、酒の2、3杯も呑ませてやりたい。上から目線の後付け理論で説教したい(笑)。払いは当然こちら持ちだ!

 ネタ探しに行った骨董市で、こんなチラシを買ってくる。




青年学校の姿は町将来のバロメーターである

青年よ来たれ

□少青年期は二度と来ぬ
   後の後悔役に立たぬ


□先見の明を持ち善と知っては
   苦難の中にも飛び込み得る青年は克つ


□青年とは元気旺(さか)んに日々に伸びゆく若人なるの意味だ
□身体と精神とをきたえ、知識と徳をみがき
  天晴(あっぱれ)働きある者とならんとして、つとむる青年こそは真の青年だ

 まかぬ種は生えぬ
  ない袖はふれぬ

□体弱くして幸福の将来があるか
□智徳足らずして目的が達せられるか
□実力なくして産業が興るか
□力乏しくして家がおきるか

★将来多難の本町を背負って立つ可きは青年だ
★君国の非常時に処するだけの覚悟はあるか

□目醒めよ青年、覚悟して来れ
  来って学び、友と磨け
□全国の青年は心の手をつないで立っているぞ
□農村の青年は農村更正即愛国の目標に向って真剣である

○日は既に山頭をはなれて数間もあがっている
○小鳥は朝風に胸毛そよがせて目醒めよ青年
  青年よ目醒めと声高らかに歌っている
○青年学校こそ大衆青年の苗代であり
  青年達の人となる道場である

 町民各位も青年自体も吾がものなりと考えて下さい

 是非よんで下さい
 見ないですてずに

 青年学校勧誘のチラシである。対象である青年に、気概を見せてみろと扇動するだけでなく、「町民各位」にも「町将来のバロメーター」「吾がものなり」と支持を呼びかけている所が面白い。

 「青年学校」は、尋常/高等小学校を卒業して社会に出た男女青年の、「心身ヲ鍛錬シ徳性ヲ涵養スルト共ニ職業及実際生活ニ須要ナル知識技能ヲ授ケ以テ国民タルノ資質ヲ向上セシムル」(青年学校令第一条)ために、昭和10年4月に設置された教育機関であるが、その実態は、明治中盤に出来た実業補習学校―「諸般ノ実業ニ従事セントスル児童ニ(略)簡易ナル方法ヲ以テ其ノ職業ニ要スル知識技能ヲ授クル所」(実業補習学校規定)―と、第一次大戦後に「青年ノ心身ヲ鍛練シテ国民タルノ資質ヲ向上セシムル」―良質な兵士を確保すべく軍事教練を施す―目的で設置された青年訓練所(こちらは16歳から20歳までの男子が対象)が、対象者と施設(市町村の小学校が使われる事が多かった)に重複が発生している現象を解消するため、統合したものである。
 なお、従来からあった公立の実業補習学校・青年訓練所は、青年学校として看倣されるとされた。

 チラシを撒いたこの町にも実業補習学校・青年訓練所の一つくらいはあったはずだが、チラシ文言を読む限り、青年が挙って集まっていたモノでもはなさそうだ。
 対象となるのは、小学校を出てすぐに働いている青少年である。トラクターやコンバインなどで機械化されてない当時の農業従事者は云うに及ばず、社用車が自転車に大八車だったりする、商店の小僧の疲れ方だって現代とは違ったものであったはずだ(電車で片道二時間なんて通勤はしてなかっただろうが)。会社務めの余暇を使って読む人が殆ど増えぬウェヴサイトを更新するのとは、わけが違う。

 チラシはさまざまな修辞を駆使して青年に訴える。
 冒頭には、誰も異論を挟めない「後の後悔役に立たぬ」の言葉を投げ、青年期の過ごし方が将来を決めると説く。続いて「苦難の中にも飛び込み得る」青年こそ、人生の勝利者であると讃え、青年一般についても「元気旺んに日々に伸びゆく」ものと賛美する。
 持ち上げて落とすのは世の常ではある。今度は青年個人の将来を脅す言葉が並ぶ。農村・漁村・山村の勤労青年が「体弱くて」では先が思いやられる。「智徳足らずして」他人に(肉体的に)こき使われて一生を終えるのも情けない。そんな有様では起業も出来ないし、一家を興す(家長に認めてもらう)のも覚束ないだろう。すなわち世間を渡っていくためには、青年として持っていなければならないスペックが存在すると云うのだ(それを授けるのが青年学校であると暗に語っている)。

 個人の将来を脅したあとで、国家・地域共同体の一員としての目覚めを促す言葉が続く。「将来多難の本町」(どこの町が撒いたんだろう)、「国の非常時」、ここで起たねば男でない! と云うわけだ。
 視野を個人から国にまで一気に拡げた所で、青年学校に集うjまだ見ぬ「友」の存在を語る。キミは独りぼっちじゃあない。

 最後は大自然までが若者を青年学校に誘うのである。
 効果がどれだけあったのかは疑問だが(今の中学生の年齢の人に向けて書かれているにしては格調が高すぎないか?)、良く出来たチラシであると思う。

 昭和14年4月、青年学校は義務化される(満12歳から満19歳の男子のみ。中等学校等へ進学した者は除く)。

 青年学校がどれだけ勤労青年の生涯に利益をもたらしたのか、自分には解らない。
 学校は、ただの場所でしかない。そこで何を得るかは学ぶ人の心一つで決まる。学校の教科書そのものからは、たいした物は得られないと思う。

 過去を変えることはできないし、先々の事を今悩んでもしょうがないだろうと日々を送れば、世の中そう捨てたものではないと信じている。
 しかし、そう云う姿勢に進歩発展飛躍がないのは明白で、喉元過ぎれば何とやらと、同じしくじりをやらかす事もままある。
 「兵器生活」更新が月末ギリギリになっているのは、生活闘争上やむを得ぬところとは云え、計画性に乏しい我が性格がもたらしているんだよなあ…と反省だけは毎月の更新とあわせて、ちゃんとしているのだ。