来るべき「電熱生活」

電灯会社のチラシで71万6千おまけ


 百貨店の古書市でこんなチラシを買う。


「電熱」京都電燈株式会社


 発行者の京都電燈株式会社は、明治21(1888)年創業の電力会社である。京都市内と近郊を営業区域とする、中堅の事業者だ。のち戦時統制の目玉である電力管理法(発電・送電事業を『日本発送電』に一本化)、さらには配電統制令(配電事業者を全国9ブロックに再編成―現在の電力会社の母体となる)によって事業を召し上げられ、昭和17(1942)年に解散している(ウィキペディアによる)。

 この画像のように、「電熱」と赤文字で特筆大書された面の幅で折り畳まれ、封入されていたようだ。
 展開するとこうなる(タイトルは裏面になる)。


電熱の特色

 「電熱の特色」―電熱生活のススメ―が、多彩な器具の写真とともに紹介されている。戦前の家電事情の参考になるだろうと紹介する次第だ。例のタテヨコ変換等を施して全文書き写す。

 電熱の特色
 電熱の火は煙もなく、煤も出ず、塵も埃も立ちませんから、御座敷でストーブは勿論、電気七輪を御使いになっても一向差支えは御座いません。
 電気の熱は何の燃料よりも強く出来ます。
 電熱を御使いになれば燃料の置場も要りません。燃料の運搬も要りません(。)御使用の際はマッチ一本さえ要りません。御手数は唯スイッチを一捻りなさる丈で済みます。
 御使用中火の粉の飛ぶ虞(おそれ)もありません。絶対に安全です。
 御使用後火の始末の御心配が要りませんスイッチ一つで火は全く消えます(。)電気の熱には炭の様な無駄が出ません。要る丈け使えます。使った丈けみな有効です。

 「電熱の火」?
 電熱器や電気ストーブが放つ赤い光を、「火」と呼ぶには正直抵抗がある。「炭火」「熾火」があるのだから、「電熱の火」があってしかるべきだろう、と考えられない事もない。ここは電灯しか知らない人に「電熱」と云う、便利重宝なモノの存在を認知してもらう方便で使っているものと推測しておく。

 その「便利さ」は書かれている通りだ(『マッチ一本さえ要りません』とあるのが泣かせる)。しかし、このチラシが頒布されて少なくとも70年は経っている今もなお、「オール電化」が住宅の宣伝文句として生きている事を思うと、21世紀も15年以上過ぎて、未だ「電熱生活」宣伝・普及中と云うわけで、その道のりは、チラシ作成者の想像を超えた、長く険しいモノだったのである。

 「便利」を第一に謳うのは、新商品・新サービス広告宣伝の王道であるが、それを受け入れるには既存の設備をやめる「命がけの跳躍」を強いられる。ここをどうジャンプさせるかがチラシ作成者の腕の見せ所だ。

 衛生―清潔―簡易―安全―高能率
 これが電熱の特色であります。
 能率増進の最も有効なるものは、人の命を延す事であります。
 薪炭の如き毒瓦斯の出るものを日常生活に、御使用になっては長寿(ナガイキ)は出来ません。
 長寿(ナガイキ)を御望みの方は電熱を御使用なさい。
 御台所の電気化は時間。労力。燃料の節約が出来ます
 最も簡単なる御台所の電化には電気七輪一個あればよいのです。

 そこで出たのが「長寿(ナガイキ)」である。
 薪炭を使っていると早死にします、を柔らかく云い替えているが、命令形「御使用なさい」を用いて読者を脅すのだ。それから逃れる「簡単なる」解決策は、「電気七厘一個」を買う事だと云う。


電気七厘4つの使い途

 電気七輪に
 →釜をかければ御飯が炊け
 →鍋をかければ煮炊が出来
 →薬罐をかければ御湯も沸き
 →鉄板を載せればお魚も焼けます

 一つのプラットフォームにさまざまなオプションをあてがって、色々な事が出来ます! と図示し、見る側の夢をかき立てるやり方は、「一眼レフカメラ」からジェット戦闘機まで、妙に男心をくすぐるものがある。
 この電気七厘―ただの「電熱器」―も、この図式を使うとカッコ良く見えるから面白い。


(記事とは無関係です)


 安全・簡易とメリットを並べ立て、さらには誰にも文句を付けられぬ「長寿」をも謳い、読み手の興味をあおったところでお金の話に入る。ここで値頃感を出せるかどうかが商売の明暗を分ける。

 料金はザット次の様なものです。(一キロワット時に付五銭)

     電力量 電熱料金(銭) 
御湯(熱湯に沸す)   一升当たり  200ワット時  1.0
 御飯  一升当たり  380〜600ワット時  1.9〜3.0
 御風呂(摂氏40度迄沸す)  一石当たり 5000ワット時   25.0
 焼魚(六寸位の小鯛)  一尾当たり  160ワット時  0.8
 すき焼き  一人当たり  200ワット時  1.0
 アイロン(四ポンド) 洋服一着分   120ワット時  0.6
(参考:一升=約1.8リットル、一石=10斗=100升=約180.4リットル) 

 

 一[ワット時]と申しますのは 一ワットの電気を一時間使った時の電力量の事で 一キロワット(千ワット)の七輪を一時間御使いになるのと、二キロワットの七輪を半時間御使いになるのと 其の電力量は同じく一[キロワット時](千ワット時)で又其の間にでる熱の量も同じですから 仮に五升の水を湧しますに一[キロワット]時の電力量が要るとして、一キロワットの七輪ならば一時間かかり、二キロワットの七輪ならば半時間で沸く事になります。そして電気料金はどちらでも同じです。

 今の家電商品のカタログを見てもそうだが、使用する瞬間を小さく切り取った値段だけ出されても、安いのか高いか見当がつかない。
 1銭を戦前2〜3千倍換算すれば20〜30円。京都電灯の昭和初期の値段「一キロワット時5銭」を換算すると、100〜150円になる。ちなみに総督府は東京電力の「従量電灯B」契約なので、基本料金は別にして1キロワット時あたり19円43銭(2016年4月現在)払うことになっている。
 それを思うと、京都電灯の料金は高い! いや、ここは昭和初期の電気代全般が高かったと云うべきなのだろう。

 『主婦之友実用百科叢書「電気の設備と使い方」』(昭和5年)は、電熱だけに限らぬ「電化生活」のすすめ読本なのだが、

 (略)家庭電化が、如何に保健上、保安上、或は使用上に理想的であっても、(略)経済的に可能性があり、容易に施設することができるのでなくては、何にもなりません。今日まで家庭電化が容易に行われず、電熱でさえも余り使用されなかった原因は、(略)この経済上の問題も、また大きな原因であったようであります。

 と記し、「器具機械の価格が余りに高い」「電気の供給関係の条件が悪く」「甚だ不便であり、不利であった」ことを指摘している。
 現代人の主筆が高いと文句を垂れようと、京都電灯が競合する相手はあくまでも、当時の主力エネルギー源の薪炭である。よってこう続く。

 電熱と薪炭との燃料費比較
 仮に炭を使って御湯を、沸すとしますと非常に節約して使っても 水一升当たりに三十匁の炭は要ります、普通の使い方では其の倍も要りましょう。炭一貫目四拾銭としますと水一升当たりの燃料費は壹銭貳厘以上、普通は貳銭もかかる事となります。
 電熱なれば前表の通り壹銭で済みます
 一体炭や薪は何うしても要る丈け使うという訳に参らず無駄が出ますからこれを燃料費に割当てますと決して電熱より安くはなりません。

 「非常に節約して」も電熱よりわずかに高く、普通に使う分には絶対電熱の方が安いと云う。昭和初期の電気代が今と比べて高いなら、薪炭はもっと高くなってしまう。それでも暮らしが成り立っていたのだから、生活費の中で何か今より断然安いものがあった事になる。所得税(庶民層は払う必要がなかった)は一つの要因に挙げられるはずだが、それ以外の要因を追いかけている余裕は残念ながら無い。

 一回の煮炊き等が安上がりなのはわかった、実際のところはどうなのか、事例はないのかと云うのは興味がある証拠だろう。チラシにぬかりは無い。

 実例
 需要家名  家族数  使用器具  一ヶ月
電気料金  
 現在の
貨幣(円)
 京都帝国大学講師 某氏   4名  風呂を除く総ての熱に使用  3円 95銭  7,900〜
11,850 
 京都某商業学校長  某氏  5名  同  6円 30銭  12,600〜
18,900 
 京都府吏員  某氏  3名  同  2円 23銭   4,460〜
6,690
 行商人  某氏  2名  同  2円 01銭  4,020〜
6,030 
 内外電球株式会社  某氏  3名  風呂其他一切の炊事用  8円 00銭  16,000〜
24,000 
 井上電気製作所  某氏  10名  同  20円 00銭  40,000〜
60,000 

 電球と電気機器屋が電熱を使っているのは、電熱そのもののメリットよりも商売上の事情だろう。実例で半ば「身内」を載せざるを得ないところに、電熱生活普及の困難さが見えてくる。煮炊きと風呂ならガスの方が良くないか? と問われた時の答え―お湯が沸く所要時間の比較など―は、チラシには載っていない。
 チラシの裏面は「電熱器御使用上の御注意」に当てられている。



 電熱器御使用上の御注意
 電熱器の銘板(レッテル)には電圧(ヴオルト Volt 又はV.)と容量(ワットWatt 又はW.)又は電流(アンペアAmpere 又はA.)とが記入してあります。
 一〇〇ヴオルトの電熱器を二〇〇ヴオルトの電路に使用すれば電熱線は焼け切れます。又屋内配線が細い場合に大きな電流の電熱器を御使いになれば危険ですから、御注意下さい。

 薪炭のように毒ガスは出ない、火事を出す危険はない、「絶対安全」と表面では謳っていてもウラを返すとこのような細々とした「注意」が記されている。電気は目に見えぬ分だけ云われてもピンと来ない事ばかりだろう。
 このチラシから70年80年経ち、暮らしのここかしこに電気製品があるようになってもまだ、同じような事が繰り返し云われているのだから、人間の進歩はたかが知れている。

 六百ワット迄の電熱器 は普通の電灯線から御使用出来ますが 其れ以上の器具を御使用の場合は其れに専用の配線が要ります。然し電熱器は全て一まとめにして 電灯線とは別に電熱専用線を御引きになることを御勧め致します。

 電灯線に二叉ソケットを付け、電灯と他の電気器具を併用する場合の注意である。現代では殆ど見ることはない。

 電気器具に湿気 は禁物ですから、たとえ湯沸しの様な器具でもコード(紐)や挿入器等の部分には特に湯水の掛らぬ様に御注意下さい。湿気は器具の絶縁力を悪くして、種々の故障の原因となります。

 湯沸用器具の電熱線 は大抵熱線が水中に在る様に装置してありますから 水を入れずに電気を通しますと、熱線が空焼して外装の金物が溶けたり変質したりします。又熱線の寿命も短くなりますから、必ず水を入れてから電気を御通し下さい。又御湯が全部無くなる前にスイッチを御切り下さい

 ストーブ又は七厘等の電熱線 は一般に空焼して使用する様に出来て居りますから、右の様な御心配は要りませんが、濫りに之を覆ったりして空気の流通を妨げますと 熱が籠もって熱線が非常に高温度になり、往々焼き切れる虞がありますから御注意下さい。

 露出した熱線 はストーブや七厘等に多く用いてありますが此の線に金属片を触れると危険です。又塵埃や燃えかすが線の周りに付着した場合には時々電気を切って綺麗に掃除する必要があります。

 挿込器の抜差し には必ずコードを引張らず挿込器をツマム様にして下さい、コードを引っ張るとコードと挿込器との継目が損じて故障が起る事があります。但し特別の挿込器はコードを引張ってよいものもあります。

 挿込器 の挿込方が不十分ですと、此の部分に熱を、持ちますから、十分堅く挿込み少しでもガタガタする様に場合には直ちに修繕する必要があります。

 挿込器 を抜くには、成る可く迅速にしなければなりません。緩に抜くと却って火花が出て挿込器も損じます。

 「挿込器」なる耳慣れぬ言葉を使っているが、プラグの取り扱いに関する注意だ。今と変わらない。コードとプラグの取り扱いについて注意喚起をするわりに、チラシに載っている電熱製品の写真の多くはコードが目立たないよう処理されているのに注意されたい。

 申込 全て新しく器具を御使用になる場合には、予め会社へ御申込を願います。
 京都市河原町四條上ル
 京都電燈株式会社
 (以下部署、営業所名は略す)

 これらの多くが、現在も「使用上のご注意」の基本中の基本として生きている事に呆れる。また、薪炭に対する「絶対安全」を謳ってしまった以上、使用上のリスクを小さく見せるのはやむを得ぬ所なのだろうが、電気の通っている熱線に金属片を当てる行為を、単に「危険です」の一言で済ませて大丈夫なのだろうか?

 電灯はガス灯より安全、電熱器は薪炭より安全、と先行品より安全・快適をアピールし続けた果てが、原発の「安全神話」だと云える(同じ電気陣営内部でも、エジソンが交流電気を危険だと攻撃した話は知られている)。

 チラシには「電熱生活」をエンジョイするための様々な器具が掲載されている。


湯沸器と電気アイロン



割烹竈

 これは「一個以上数個の七厘とテンピとが備えて」(主婦之友実用百科叢書『電気の設備と使い方』)ある調理器具。



理髪用湯沸器と自働湯沸器



シガーライターと足温器

 「電気カーペット」の一歩手前までは来ている。ライターは自動車の付属品として、後に活躍する。



飯炊器とスキヤキ七(厘)

 飯炊器は、「五人以上の家庭では、御飯を炊くのに、七厘では間に合わない場合が多いので」(『電気の設備と使い方』)これを使うとある。一斗五升(15升)は大商店向けか業務用だろう。



楽焼竈、軽便炊事器、内外万能七厘

 この頃すでに陶芸用の電気竈が存在していたのかと、正直なところ驚く。



唐草ストーブ。電気炬燵、B号角型ストーブ

 当然暖房器具も載っている。
 「電気ストーブ」と云うと、鉄板を折り曲げた筐体の中に、熱源とヘコヘコ曲げた反射板を組み込んだ安っぽいモノの印象(主筆がかつて使っていたものです)が未だに拭えないのだが、この二つのハコは高級感が漂う。暖炉駆逐の意気に燃えていたんだなあ、この頃は。



櫓式電気炬燵と丸型反射ストーブ

 昭和40年代生まれの自分は、「電気コタツ」と云えば卓に熱源が付いているものを思い浮かべてしまうのだが、もともとは下に熱源がある(掘り炬燵がそうだ)ので、こう云うカタチが最初なのだろう。
 「丸型反射ストーブ」は近年あちこちで見られるようになった「ハロゲンヒーター」そっくりだ。

 いろいろな器具が出ているが、ストーブ、湯沸器、調理用機器はガスでも成立する。「電熱生活」の第一歩たる「電気七厘」の立ち位置は、一口ガスコンロと同じだ。
 衛生思想の拡大で、薪炭使用をやめようと決めても、電熱でなく、ガスを選ぶ家庭の方が多かったと思う。火で「熱している」様子が見えている安心感は、案外大きい。

 「電灯」「電熱」に続いて電気事業者は「電動」(モーター利用)を売り出していく。揚水ポンプ、扇風機、洗濯機、通風器(換気扇)、真空掃除器、電気冷蔵庫といったモノたちである。在来のエネルギー源では成立し得なかった、便利重宝な商品群の登場が、今日の生活を形作っている事に異を唱える人はいないだろう。
 皮肉なことに、「電動」商品の一つ換気扇が、ガス調理器具でも安全に使える環境を整えてしまい、電熱調理器具普及にブレーキをかけ、「電熱器=ビンボ臭い」属性を与えてしまったのである。
(おまけのおまけ)
 チラシには風呂を沸かす器具の良い写真がなかったので、参考に使った『電気の設備と使い方』掲載の図を載せる。


投込湯沸器

 浴槽のへりにひっかけて使用するもの。
 殺し屋が、ターゲットが入浴中のところを押し入り、浴槽に電源の入ったドライヤー、電気カミソリなどを投げ込んで感電死させる場面をテレビ・マンガなどで見た人は多いと思うが、これがへりからはずれて湯船にドボンと全部入ってしまったらビリビリくるのだろうか?
 チラシには、特殊な業務用電熱機器も紹介されている。
 中流以上の家庭(大学教授など)だけでなく、商店―経営者はブルジョアだ―にも売り込みをかけていたのだ。


カステーラ焼竈

 カステラを焼くかまど。「電気カステーラ」と銘打ち、販売していたのか気になるところだ。



八ツ橋焼器

 京都名物の「八つ橋」を焼く専用器具もあった!
 チラシ掲載の他の写真は、カタログから流用しているようだが、これは、人物の輪郭などに微妙な黒線が出ているところから、実際の使用光景写真を切り抜いて版下に用いていると見て間違いない。

 京都の家庭には必ず「八つ橋焼き器」がある、と与太を書こうと思ったが、この大きさでは置き場所もあるまいから与太にもならぬのでよしておくが、大阪の電灯会社が同じようなチラシを作っていれば―配布していないわけがない―、「タコ焼き」あるいは「お好み焼き」器が載っているのかと思うと、興奮して仕事が手に付かない。

(おまけの読み物)
 『電気は誰のものか 電気の事件史』(田中聡、晶文社、2015年)
 電熱以前、「電気事業黎明期」に起こった、さまざまな事件を当時の資料を使って紹介し、まったく考えもしなかった「電気は誰のものか」と云う問いを投げかける本。
 エジソンが交流方式を(陰険に)攻撃した話が、日本での直流・交流の争いとあわせて読む事も出来る、オトクで面白い読み物である。