もう手遅れです

『近視の予防』で77万7千おまけ


 「メガネは顔の一部です」。子供の頃に見た、メガネ屋CMのコピーです。眼鏡生活40何年、メガネが自分と人様を見分ける「しるし」になっています。「顔の一部」が一番重要な要素なのです。
 そのくせ、落としてレンズを割ったり、フトンの中で押し潰してみたり、ドコに置いたか忘れてパニック起こしたり…。「顔の一部」なのですから、もう少しシャンとしてもらいたい! 自分の鼻や耳をウッカリ踏んづける人なんて、そうそう居るモンぢゃあありません。

 近頃は近視乱視のみならず、老眼まで進んできたので、古本屋の棚を見るのがツラいんですが、こんな冊子を買いました。


内務省衛生局『近視の予防』(大正11年刊)

 内務省衛生局発行『近視の予防』と云うパンフレットです。
 冒頭にいわく、

 近頃我が国に近視眼が殖えたことは非常なもので、尚年々殖えて行く傾向がある。今から二十年前には、徴兵検査を受けた者の内、近視の為に不合格になった者や、国民兵に編入された者が、百人中僅か一人位であったが、今日では、百人中二人乃至三人という多数になった。又文部省の統計でも次の表にある通り、高等教育を受ける者の凡そ半数が近視であることは、実に驚くべきことである。

 徴兵検査適齢期の成人男子のうち、近視で不合格になる―時代は下りますが、昭和3年「陸軍身体検査規則」第十八條に、「裸眼視力『〇・六』ニ満チザル者ハ甲種ト為スコトヲ得ズ」とあります―ものが、明治30年代中頃までは1%程度だったのが、大正10年頃には2〜3%になり(ただし冊子巻末資料では千分比での記載)、帝国大学なら大正2年の45.8%が8年には57.0%へ。中学校でも大正2年の15.9%が8年では22.4%に増加しているとあります。国として放ってはおけない、と云うのが本冊子の刊行主旨になるわけです。

 冊子の内容は、近視の原因、予防の方法、メガネについて述べられています。記載そのものは面白くも何ともないのですが、目を見開いて眺めていますと、見どころはあります。
 カメラになぞらえて説明される、目の構造を説明する図が、

「眼球と写真器械との比較」(上:カメラ 下:眼球)

 ジャバラ式のカメラになっています。各部の対比も、水晶体−レンズはさておき、眼球−暗箱、網膜−スリガラスと表記されているトコロが、時代を感じさせます。

 近視の原因は、冊子の言葉を借りれば「近業」―本を読んだり、字を書いたり、裁縫をしたり、手工をしたり、すべて近い所でする仕事―にあると云います。
 とは云え「全く近業をやめてしまうというようなことは、到底出来ないことであるから(略)出来るだけの注意をするより他に途はない」。そこで、目からの距離を「凡そ一尺以上置くこと」(ここも時代が出てます)が求められることになります。そのためには、

 書物の文字の大きさを制限しなければならない。

のです。そこからの説明は、冊子そのものを見てもらわないと面白さが伝わりません。


書物の文字の大きさ

 このページは、日本近視予防協会のチラシをハメ込んでいます。一見、活字サイズの見本を出しているだけのようですが、実は「活字ノ栞」と云う、上下二段の文章になっているのです。

 活字ノ栞
 近年我日本デハ近視ノ人ガ激増シ(ママ)マス
 近視ハ実ニ遺伝スル事モアリマス
 近視予防ニハ勉メテ不良ナル印刷物ヲ読マヌ様ニセネバナリマセン
 今デハ各国ノ印刷物ヲ比較スルト漢字ノ雑リ居ル日本文ハ最モ眼ヲ文字ニ接近セネバ其一点一画ヲ明視シマセン
 (註:右端の行が『1号活字』。以下2号、3号…7号まで)

 新聞の記事ハ明治四十二年迄ハ五号デアリマシタガ九ポイント半トナリ
 大正四年ニハ九ポイント 六年ニハ八ポイント半 七年ニハ八ポイント 大正九年ニハ七・七五ポイントノモアリマス
 吾人ハ各方面ヨリ近視激増ノ原因調査ヲスルハ目下ノ急務ト信ジマス
 (註:右端の行が『5号活字』。以下9.5ポイント、9ポイント、8.5ポイント、8ポイント、6号活字、7.75ポイントまで)

 近年、新聞・雑誌の文字が小さくなっており、読者は知らず知らず眼を近づけてしまうようになりますから、「青年時代、幼年時代は特に注意して、あまり細かな文字の本を読まないように、又読ませないようにする必要がある」と云うわけです。

 文部省では次の図のような標準をもって、教科書を編集しています。


子供向けの文字はこれくらい大きくしなければならない

 絵本の文字が大きかったりするのは、こう云う親心があったのです。本文の文字(左側)と比べると大きさの違いがよくわかります。冊子はこうも云います。

 年少者に余り小さな字を書かせたり、緻密な図画、手工、裁縫等をさせることは、眼のために極めて良くない。

 小学校低学年で使っていたノートのマス目、罫の狭いノートは使わないよう指導された記憶が甦ってきました。細かい字でギッシリとノートを埋めていた人、いたなあ…。

 雑誌が、細かい文字を使って1ページにコラムをいくつも詰め込んでいたり、模型雑誌にドーやって組み立てて塗っているのか、人間業とは思えぬ作例が掲載されていたり、商品の注意書きが天眼鏡を使わねば見えぬ大きさで印刷されていたり…。
 世の中、目が疲れる事ばかりでイヤになります。
 今ではコンタクトレンズなんて結構なモノがありますから、メガネをかけたく無い人でも日常生活にさほどの不便はありませんが、当時はメガネ無しで過ごすとこんな不利益があります、なんて事が書いてあります。

 眼鏡を掛けると外貌が悪いというところから、若い婦人などは兎角眼鏡を好まないようである。しかし近視眼の人は遠くがはっきり見えないのであるから、必要上時々眼を細くして見る。それは眼を細くすれば幾分かよく見えるからであるが、これは眼鏡よりも一層外観のよくないものである。
 そこで若し眼鏡も掛けず眼も細くしないとすれば、遠くがよく見えないために、途で目上の人に逢っても欠礼をしたり、又人から敬礼をされても答礼をしなかったりするようなことも起こって、不都合であるから、何人も先ず近視にならないように注意することが第一であるが、近視になった以上は婦人でも、なるべく醜くないような眼鏡を選んで掛けるがよい。

 「醜くないような」の言葉に、いかに世間がメガネを色眼鏡で見ていたかが解ります。「兵器生活」では、15年以上前に「眼鏡っ子」をネタにした事があります。メガネをかけた人を好ましく思う意識が、世間様に広がるまでに80年くらいかかっていたのだ…と、改めて感慨にふける次第です。

(おまけの余談)
 本文でふれたように、「陸軍身体検査規則」(昭和3年陸軍省令第9号)―文章は、『改訂 身体検査法』(富倉書店、昭和10年7月増補三版)に掲載されたものを使用―第十八条は、「裸眼視力『〇・六』ニ満チザル者ハ甲種ト為スコトヲ得ズ」と記してありますが、陸軍志願者に対する規則、第三十一条では、

 技術将校タルベキ見習士官、見習主計、見習医官、見習薬剤官、見習獣医官、経理部、衛生部及獣医部依託学生、衛生部及獣医部依託生徒並ニ陸軍戸山学校軍楽生徒志願者ニ在リテハ視力障碍アルモ屈折機異常ニシテ其ノ度五「ヂオプトリー」以下ニシテ且矯正視力「〇・七」以上ノ者ハ合格ト為スコトヲ得陸軍幼年学校生徒志願者ニ在リテハ視力「一・〇」ニ満タザル者ハ不合格ト為スベシ

 とあります。
 肉体勝負の兵隊サンと、技術、医術とカネ勘定出来る人、演奏者になるような人は、視力検査の「ふるい」の目の細かさが違うのでした。逆に陸軍幼年学校受験者は、学力以前に視力でハネられてしまう事になります。