また、新聞によりますと

戦前エロ新聞記事抜き書き(続き)で78万6千おまけ


 前回に引き続き、戦前地方紙に掲載されたエログロ記事抜き書き『久寿賀娯』だ。依然、その全容は不明である(調べる気が無い)。
 今回は第18号のご紹介である。例によってタテのものをヨコとし、句読点代わりの空白を入れるなどしてある。今日の人権意識など望むべくもない時代であるから、「これはちょっと…」とお感じになられるトコロも無いとはしない。しかし、そこが"時代の味"と云うものだ。


 小男精力絶倫蒲柳まらぬ
 結婚三日で去った女
 岡崎市八幡町田口敏子(仮名)は 同市羽根町の石川松次(仮名)を相手どり 三千円の支払請求の訴訟を提起せんとしているが その理由として同人は前記松次の所へ嫁入りをなしたが 松次は身体矮小なるにも拘わらず精力絶倫にして 女はその反対の蒲柳の性質のため到底将来夫婦としての生活は出来ぬとあきらめ 結婚三日にして仲介者の所へ逃げ帰り 仲介者を通じて結婚当時持参せし衣類その他 総額三千円に相当するものの取戻し方を依頼したところ、之に応じないので訴訟に及ばんとしているのであるが 一方松次側において 敏子は既に仲介者と情交関係ありそれがため自分を嫌って僅か三日にして帰宅したものと思われるから 結局結婚を違約するものとてこれに応訴せんとしている模様である(六、六、四岡崎朝報)

 性格ならぬ、性の不一致のトラブル。とっとと離婚してしまえば話は終わりなのだが、花嫁が持参した「三千円」相当の嫁入り道具の帰趨がからみ、泥仕合が始まろうとしている。
 当時の「三千円」の価値を考えてみよう。『値段史年表』(朝日新聞社)から、昭和6年の物価をいくつか抜いてみると、

 サイダー1本:17銭
 日雇労働者の平均日給:1円40銭
 金1グラム:1円68銭
 小学校教員の初任給:月額45〜55円
 ダイヤモンド1カラット;400円
 総理大臣の給与:月額800円
 グランドピアノ:950〜1,800円(昭和9年)
 東京府知事の年俸:5,300円
 銀座「三愛」付近の1坪:6,000円※実売価格
 コロッケ1個:2銭(昭和5年)

 「三千円」の凄さが知れる。
 豪華な嫁入り仕度と云えば、「娘三人で家がつぶれる」と云われる名古屋のそれが有名だ(衣装を詰め込んだ箪笥や家電製品などを満載したトラックが連なると云う)。この「三千円」もそれに類するものだ(豪華なのは、生前の財産分与を兼ねている由)。そうであれば元嫁の財産として引き揚げるのが道理だが、モメているのは記事の通り。
 こんなトラブルが起こらぬよう気をつけるのが、結婚仲介者の仕事なのだが…。



 寒村で男女混浴
 伊香郡杉野村大字金居原土倉鉱山鉱業代理人竹村鐵治(五〇)が管理する共同浴場は 毎月一人八十銭乃至九十銭を徴収して入浴せしめていたが 大正十三年頃より燃料節約を口実に男湯を廃し 女湯の方のみで時間の区別をせず男女混浴せしめ 人里離れた山中で誰にはばかることなくしきりに風俗を紊乱せしめおるを 去月二十九日木の本署員が臨検の際 発見告発したので三十一日管理者竹村を召喚取調中である(四、一一、三近江新報)

 共同浴場を混浴にして乱痴気騒ぎをやっていたのが警察にバレた記事。東京の入浴料は大正15年5銭、昭和7年7銭だから毎日入って80〜90銭なら割安だ。「混浴」の響きは艶めかしいが、わが持ちモノは粗品に過ぎるので進んで入る気にはなれぬし、垂れた乳ばかり見るのも申し訳ない。
 「混浴」しているからとて、浴場にいる者がすべて欲情しているわけでは無い。単に混浴させていただけの事を、当局発表をそのまま、大袈裟に書いている可能性も否定出来ない。

 参考
 浴場に於て男女混浴取締(明治三十三年五月内務省令第二五号)
 客の来集を目的とする浴場に於ては十二歳以上の男女をして混浴せしむることを得ず


 次はちょっとかわいそうな記事である。

 母の情夫と結婚して
 ふゆちゃん自殺
 愛知県碧海郡大浜町○○○○池内彦太郎次女ふゆ(一九)は 九日午前二時頃家人の寝しずまるを待ち 襦袢と腰巻のみにて飛びだし 同日午前八時頃付近の浜辺に死体となって浮いているのを発見、届け出により大浜署より係官出張検視の上 死体は家人に引き渡されたが 同人は本年三月頃まで西尾町会生町結髪業沼田きよ方に すき子として奉公中、同人の母おなにが大浜町下ノ切万歳師川本島蔵(仮名)=と醜関係を結びつつあり 世間体をつくろうため娘ふゆと自身の情夫を結婚せしめ 尚島蔵との逢瀬を楽しまんものとふゆの嫌がるのを無理に連れ帰り 島蔵と結婚せしめ 夫彦太郎及びふゆの眼を盗んでは島蔵との醜関係を続けていた、ところが最近に至りこれを彦太郎並に娘ふゆの知るところとなり 夫婦親娘の間に絶えず醜い争いが続けられており、殊にふゆは既に妊娠六ヶ月の身重になっていたので 愈々世間体をはぢて遂に此事に及んだものであると(六、八、十六岡崎新報)

 母親が、芸人と情交関係を持っているのを誤魔化すため、こともあろうに自分の娘をその芸人と結婚させ、なおも関係を続けていたと云うトンデモない出来事だ。それが娘と夫にバレ、家庭内争議が勃発するだけでもエラい事なのに、その時娘は、母と不倫関係にある男の子を孕んでいたのだ! これは酷い話である(乱脈な相姦関係は、エロ小説世界の定番ではあるが…)。
 「ただの自殺」、誰かが罪に問われることは無い。見出しの「ふゆちゃん自殺」の文字は、記者のやりきれない気持ちさの表出だと思う。
 子供は親の持ちモノと、心得違いをしている人は21世紀の今なお姿を消さない(人権教育は受けているはずなのに)。
 「すき子」は「梳き子」で、髪を結い上げる前に櫛を入れる役目の人。美容師の助手にあたる。「万歳師」を"漫才師"の旧称と見るか、もととなった祝福芸と見るかで事件の印象が大きく変わるが、確認のとりようが無い。
 世間にあふれる悲惨は、岡目八目で見れば逃げ道が見つかるものである。しかし当事者に限ってそれに気付くことが出来ず、あるいはそれによる一時的な波風を恐れ袋小路に陥ってしまう。ふゆちゃんは「家出」すべきだった。
 唐突に『家出のすすめ』(寺山修司)を読み返したくなってしまう。


 そして今回の目玉記事。

 夜這いの銀三
 これは稀代なエロ男傭われ先三十余ヶ所で這う
 刑務所出所以来、僅か四ヶ月を出ないのに その間三十余軒主家を転々として 傭われ先の娘や妻君に片ッ端から手をつけ心胆を寒からしめた稀代のエロ男「夜這いの銀三」がきょう門前署に逮捕された
 静岡県安西町生まれ指物職、当時住所不定前科三犯夜這いの銀三事寺田銀三(二七)は 本年七月名古屋刑務所を出所以来 自分の商売である某指物屋へ傭われたが 同人はとてもエロ男で主人の娘や妻君を片ッぱしから手をつけ一日か二日でオッぽり出され 現在までに市内で三十余軒転々として居り 首きられる度毎に現金衣類などをかっさらって逃走していたが 去る十月六日中区元田町の某指物店へ傭われたが その晩同家の娘へ夜這いをした外 同僚の福田貫一の衣類五十余円をかッさらって逃走中 本日門前署員に逮捕された(六、十、三名古屋毎日)

 カッコイイのか悪いのか、誰が付けたかこの綽名。
 住み込んだ家の妻も娘もおかまいなしに手を出し、金品衣類まで盗むのだから「盗人ふてぶてしい」そのまんまである。年頃の娘のいない家は「一日」で追い出され、娘がいれば母(=妻)と併せて「二日」で叩き出されると云う事か。
 赤松啓介『夜這いの民俗学・夜這いの性愛論』(ちくま学芸文庫)は、1909年生まれの著者の実体験を語りながら、「夜這い」に代表される庶民の性習俗を紹介する読み物である。その一節を引くと、

 以前の農業(引用者註:1950年代以前)は、(略)殆ど手作業であったから、肉体的な疲労が烈しかった。(略)過酷であっただけにまた一面では極めて娯楽的な要素が盛り込まれていた。(略)歌舞音曲を伴奏させながら作業することもあったが、一方手軽に求められることとなると、男と女の肉体の相互交換、利用ということにならざるを得ない。

 とあり、男女の情交は元手のかからぬ娯楽であったと述べる(当然、庶民に貞操の観念は無い)。その情交―「夜這い」は記録が無いだけで、農村・山村・漁村と日本各地で行われ、村々から町に流れてきた者たちは、商店の住み込み店員に至ってもなお、出身地の習俗を維持していたと云う。
 夜這いのルールはムラで異なる。「娘はもとより、嫁、嬶(かかあ)、婆さんまで」ムラの女なら誰でも受け入れる所があれば、「独身の娘、後家、女中、子守」に限るものがあり、自分のムラの男限定か、他のムラの者も迎え入れるかなど様々である由。行けば先客がいて、ムダ足を踏むこともあったと云う。
 記事では「エロ男」と断罪されているが、間口の広い夜這いの風習になじんだ者であれば、「女がいればとりあえず忍んでみる」くらいの事はやったのではないか?

 しかし、夜這いで追い出されてばかりはいるが、行った先で次々傭われている事を思うと、このヒト、職人としての腕はあるのですね、きっと。
 枯れてきた年齢になって、「オレも昔はさんざバカな事もやって来たが」など云いながら、良い仕事をしていると想像すると(這われた方々には申し訳ないが)楽しい。

(おまけの余談)
 「エロ記事」とくくってしまえば、軽い読み物でかる〜く紹介すれば良いなんて考えてしまうのだが、「犯罪実話」と捉えると被害者の存在が立ち現れて来るわけで、それを「かる〜く」とは如何なモノかになってしまう。そこはミリタリー趣味(信じられないかもしれませんが『兵器生活』は軍事系ウェヴサイトとして開設されたのです)と通じる、キンタマの座りの悪さがある。
 面白いけど表立って語るモノではない。まして冗談の通じない相手には見せるモノでもない(昨今のネットの『炎上』って、裏通りからゴミバケツを勝手に持って来て、白昼の繁華街にぶちまけ、不潔汚いと騒いでいるように、ハタ目には見えるモノもある…)。