「確実有利」な金儲け

読めばソノ気になって来る79万おまけ


 「それにつけても金の欲しさよ」
 割烹料理屋で、淡泊ながらも旨味ある刺身、野菜の炊き合わせなどを喰ったあと、マトンのカレーを喰うと舌の記憶が書き換えられ、前に喰ったモノを忘れてしまうように、前段に記されていた事が、この一言で無意味になってしまう。

 春はあけぼの ようよう白くなりゆく山際 それにつけても金の欲しさよ
 君が代は 千代に八千代に それにつけても金の欲しさよ
 光あれ  それにつけても金の欲しさよ

 多ければ多いに越したことは無いのだけど、どれだけあれば安心なのか、誰にも決められないのがお金だ。だからみんなこう思う。「それにつけても金の欲しさよ」。
 どこかの古書市で買った、古いチラシが出て来る。エンピツで300円のカキコミがあり、本屋が貼った値札までついている。拡げると新聞紙くらいあって総督府のスキャナに載らないから、全体の画像は略す。
 そこに書かれているのが、


 確実有利なる金儲けの実地手引
五万円位の資金は誰れにも出来る工夫あり、疑わずして、以下の記事を読み、何人にも容易に実行し得る事を知られよ

 大正7年4月の「5万円」である。
 おなじみの『値段史年表』(朝日新聞社)を引く。
 銀行初任給(大卒) 40円
 東京白山の芸者玉代(約2時間) 1円
 劇場観覧料 最高4円、最低15銭
 辞典(広辞林) 3円20銭
 国産レコード 1円20銭
 大工手間賃(1日) 1円50銭
 どれも大正7年当時。
 これは大正9年になるが、総理大臣の月給は1千円とある。ネットで見つけた2020年の日経記事は、(総理の)「棒給月額が月201万円」と云う。当時の1円=今の2千円とは、単純計算に過ぎてアテにすべきではないが、それでも5万円が1億円になる。「五万円位の資金は誰れにも出来る」と書いてあれば、ドレドレと身を乗り出すのは道理だ。
 お金が欲しいのは皆同じ。みんなでしあわせになろうと、以下文面をご紹介する次第。
 例によってタテのものをヨコにし、かな遣いなど手を入れてある。
金持ちになる極意
 致富の要道は第一に金を儲ける事、第二は金を使わぬ事、第三は儲けた金を働かせる事である。之を換言すれば 第一に金を儲ける事をせねば資金が出来ない、第二には金を儲けても貯蓄せねば 底のない財布と同様何時まで経っても金が貯まらない。第三には金を貯蓄しても利殖する道を知らねば金は殖えない。即ち人間一人の働きで儲ける金は僅かなもので 一生飲まず食わずに働いても迚も何万という金は出来ないものである。
 然らば如何にすれば出来るかと云うに 金持ちになる極意は金と二人連で働くのである 即ち儲けた金を手伝いにして、金に金を儲けさせ、金の力で金持ちになるのである。例えば僅かに五拾円の資金でも 其れが五万円に殖えるのは意外に速いものである事は 算盤で左表(註:省略した)の如くになる。

 資本金五十円を二割の利益ある事に用い 三拾八回折返して運用すれば五万円になる事左の順序の通りである。
 五十円の資金を三割の利益で折返して運用すれば二十七回目にて五万円となる。
 五十円の資金を四割の利益に折返し運用すれば二十一回目に五万円となる。
 五十円の資金を五割の利益ある事に折返し運用すれば驚く勿れ僅かに十七回目に五万円となる。

 以上の表に依って明らかなる如く 五拾円の資金を弐割の利益で三十八回、三割で二十七回、四割で廿一回、五割で十七回目に五万円になるのである。


 冒頭掲げた「極意」はまさにその通り。
 働くなり人様に恵んでもらうなり、何かしらのアクションがあって始めてお金はやって来る。お金は使えばなくなるから倹約して貯めなければならない。そして一番肝腎で一等困難なのが、貯めたお金を「殖やす」ことをしなければ、お金持ちには絶対なれないところである。主筆は未だこの域に足を踏み入れることが出来ぬ。
 現代の読者にわかりやすいように、「五十円」を「10万円」に置き換えれば、「五万円」は「1億円」になる。なるほど20%、30%、40%、50%の利益が見込める運用をすれば、いつかは1億円に到達しよう。しかし、家電量販店の割引ぢゃああるまいに4割5割の利益のある話が、この世の中に転がっているんだろうか?
 本文に戻る。


 されど恐らく諸君の疑問とする処は如何にして、この三割四割と云う好利率に廻す事が出来よう?と思うであろう。併し試みに今日世の中の実際を見ると 五拾円位の資金で一家五人が生活して居る事実が幾らもあるのである。是は五拾円の金が 毎月四割という好利廻になっておる生きた証拠ではないか。
 されどいくら好利益があっても遣り方が下手では 恰も底のない財布と同じ事で 生活費などにつかって了って何時まで経っても金持になれない。やり方一トツとは全く此処である。ソコデ此の儲ける法と貯める法と殖やす法とを教える為の本書即ち
 確実有利金儲け全一冊
が生まれたのである。
 されば本書を一読すれば 二割や三割四割の利益は普通の事で、方法によっては五割六割はおろかそれ以上の利益も安全確実に得られる。其の方法を本書中に具体的に実地向きに誰にでも直ぐ出来る様に説き示してある。而も其方法は幾種類も示し 且つ悉く此れを説明してあるから人々の好む所、向く所に依って自由に選択して之れに着手せらるる様極めて親切有益に出来てをるのである。


 『確実有利金儲け』なる本の広告だったのだ。しかし、最初に50円から5万円まで案外早く運用できるものだと説き、読者が3割4割儲かる話がソーソー転がっているものかと訝しんだトコロに、それを書いた本があってね、とテンポ良くたたみ掛けるのが良い。「具体的に実地向きに誰にでも直ぐ出来る」、「人々の好む所、向く所に依って自由に選択して之れに着手」なんて書いてあると、一冊読んでみるか、と云う気分になってくる(それを書き写している主筆が一番感化されているようにさえ思う)。
 「五拾円位の資金で一家五人が生活して居る事実」を、どう解釈すれば「毎月四割という好利廻になっておる」が導き出されるかは、正直なところ理解出来ぬ。同居家族4人働かせ、稼ぎをかすめ取るから、一家主人の利息、あるいは資金も同然と云うのだろうか?


投機相場は大禁物
 一代にして大金持ちになるには米株の相場に手を出すか、又は其他の投機事業山師商売にでも関係して 一攫万金の利を占めなくては 其他に途がない様に思って居る人が多いのは 所謂現代の通弊である。サレバ現に米株相場講義録などと云う様な者(ママ)を発行し一攫万金の空想を鼓吹しながら、「六十円の資金で三ヶ月間に七百余円の利益があった、疑い深い人は儲からぬ」なぞと云う狂言じみた事を堂々と発表しておる者もある。
 而して其主張する処を聞くと 米株相場は一方に勝つものあれば他方に必ず負けるものあるを以て、勝敗の数は常に平等である。されば遣り方さえよければ必ず勝てるものである。致富成功の近途は米株相場に限る、今の富豪は皆これに依りて儲けたのである。なぞと皮相の解釈を以て出鱈目をならべ 所謂斯道の無経験者を誘惑しつつある者が多い。為めに此れ等の犠牲となり千仞(じん)の谷底に蹴落とされ 妻子眷族まで悲惨な憂き目に遇わされて居る実例は蓋し何処にもある事と信ずる。
 これは大変な了簡違いである。かかる危険な事をやって成功する人は真の僥倖者で 実に千人中一人あるかなしかである。あとの九百九十九人は皆失敗者である(この動かすべからざる一大事実を疑う者は相場に手を出し失敗する者である)。而して其の一人の成功者とても決して堅実に身に着いた冨ではない。所謂浮雲の如きものであるのに 世人は其の一人の成功者に憧憬し、あとの九百九十九人の悲境に想い至らざるとは何と云う浅墓な事であろう。此の如き危険な方法は断じて致富の要道と云えないから、吾人は今此をやりつつある人に向かって 心の底から誠意を以て之を中止させたいと思うのである。
 元来金と云う者は一円二円と身に沁みて儲けた金でなければ(賭博で勝った様な泡沫金では)決して身に着くものではない。定期相場の如きは父祖重代の堅い身代でも忽ち蕩尽する捷径である。金儲けは此の様な危ない橋を渡るにあらずして、安全なる道を歩いて一歩づつ堅実に致富の目的に近づくに限るのである。而も誰にでも向く方法も工夫も幾らもあるのである。
 本書は開巻第一に 先ず親切着実に此の道理の妙諦を説き明かし 金を儲けて段々と之を殖やし最大急行で大金持ちになれる門の戸を開いて読者を歓迎して居るのである。


 一代で大金持ちにのし上がった人は確かに存在する。紀伊国屋文左衛門や、明治の財閥創始者はもとより、現代でも起業があたり、株式公開で儲けた話を目にする。しかし、商売のタネを持たず、多少自由になる金だけはある一般人が儲けようと思ったら、相場を張るくらいしか思い付かぬものだ。しかし、それは禁物だと云う。
 成功者は千人にひとり。その影に999人の敗残者があると云うのだ。なるほど大正・昭和の著名人の経歴に、「生家が没落して苦労した」なんて記述があると、相場―昔は「米相場」があったのだ―で失敗した類の言葉を見る。
 そう云う話のあとで、金儲けは「安全なる道を歩いて一歩づつ堅実に致富の目的に近づく」と綴るので、読んでる方は段々じれて来る(書き写している身も期待に胸がふくらむ)。


 本書の内容を略記すれば左の通りである。
 一、金持になる極意皆伝
 二、無資本で出来る金儲け 四十余種
 三、極々小資本で出来る金儲け 二十余種
 四、百円乃至千円内外で出来る金儲け 四十余種
 五、人の気の付かぬ農家の副業 三十余種
 六、婦人小供の金儲け 六十余種
 七、金を早く殖やす秘訣活法


 書き写して、巧いなぁと舌を巻いている。無資本から小資本、百円乃至千円内外と元手の多寡に応じた項目があり、当時の日本社会の多くを負ってる「農家の副業」があり、女子供でも出来るものがある。ああ早く中身が知りたい。


其他内容説明豊富
 サレバ本書を一読すると 誰でも容易に旨い仕事に取付き而も其日から金が残る様になる そして金が百円溜まれば如何にして早く千円にすべきか、また千円溜まれば如何にして早く一万円にすべきか、順を逐うて実地に手を引いて歩ませる様に 親切に利殖の秘訣を明かしている。
 何と考えても人間万事金の世の中で 持つべき者は金である。寸時も早く本書を見て幸福なる富者となられよ。これ本会の誠意を以て遍く天下の諸君にお勧めする次第であります。


 一読して旨い仕事につけ、その日から貯金が出来るようになる。妖しい教えでも書いてあるんぢゃあないか? と云う与太はさておき、「人間万事金の世の中で 持つべき者は金である」とは、あまりにもリアリズムに過ぎる。
 そして弱ったことに、この広告を隈無く読み返しても、「どんな儲け方」があるのか、「どう殖やす」のかがドコにも記されていないのである。ダァ。

 だめ押しで本の広告欄まで用意されている。書いてあることは、さっきから紹介している事の繰り返しになるので、文面だけ載せる。
 確実有利
 金儲け
 全一冊
 一名五万円貯める工夫
 第七十八版出来
 特価(前金送料共)金九十八銭
 郵券代用一割増し二銭三銭切手に限る。代金引換謝絶

 ・現在世間には汗水流して稼いでも金の残らぬ人あり、懐手をして居て金の溜まる人あり、全くやり方一ツである。然るに茲に都会でも田舎でも、又た地位階級を問わず男でも女でも必ず金の出来る工夫がある。
 ・例えば茲に五拾円の資金あり、之れを弐割の利益ある事に三十八回折返して運用すれば五万千余円となる。冨の増加は意外に早い者である。
 ・然らば此の五拾円は如何にして得べきか、また得たる金五拾円は如何にして弐割以上に運用すべきか。
 ・僅かに五拾円位の資金で五六人の家内が生活して居るのを見れば。其の五拾円は毎月何割と云う好利回りになっているのではないか。
 ・サレド何程利益があっても遣り方が下手では恰も底のない財布と同じ事で何時まで経っても金持ちになれない。やり方一つとは全く此処である。
 ・ソコデ本書は弐割以上の確実利益ある事業を細大洩らさず案内し、且つ其儲けた金を残す法と殖やす法とを教えた者である。
 ・サレバ本書を一読すれば誰でも金が儲かり其儲けた金が必ず残る様になる。
 ・ソシテ金が百円溜まれば如何にして早く壱万円にすべきか、順を逐うて実地に手を引いて歩ませる様に親切に金儲けの秘訣を明かしてある。
 ・サレバ危険で必ず当てにならぬ定期相場などを夢みずに、本書の示す最も堅実なる方法で而も最大速力で幸福なる富者となられよ。

 (注意)本書一度世に出づるや好評嘖々売れ行き飛ぶが如く忽ちにして第七十八版を発行するに至りしは本書が如何に有益にして識者の歓迎多大なりしかを立証するものなり。御入用のお方は別紙振替用紙にて御払込み下さい、これが最も安全にして且つ便利です。着金次第即時御発送致し升。

 東京市本所区緑町二丁目廿三番地
 (電車緑町三丁目下車、寿座前通り)
 大日本致富奨励会出版部
 (※振替口座と電話番号の記載があるが略す)

 「代金引換謝絶」が良い。
(おまけのおまけ)
 このチラシの裏側には、こんな表題が載っている。


致富之友

 さんざチラシ呼ばわりしてきたが、この紙は『確実有利金儲け』の発行元が出している刊行物なのである。本来は題字のあるこちらが表だったのを、古本屋が人目を引くであろう裏側広告が見えるようにしていたのだ。
 内容は、ネタに困った時に使えるかも知れぬから、ここには記さぬ。

 「国民の富は=国家の富なり」
 今どきの政治家・役人に聞かせたい言葉である。 
(おまけのおまけのおまけ)
 『確実有利 金儲け』、刊行が大正年間だから、国会図書館のデジタル資料で公開されてるだろうと調べたら、「金儲け 確実有利」のタイトルで出ている(あわてて古書店に注文しなくてよかった)。
 内容をザッと見てみると、うまく行くのか怪しい労力提供、ただの「就職」にしか思えぬ砲兵工廠職工や、やがて斜陽化する人力車夫などが紹介されている。まずは働くことから始めよ、と云うことだ。金を殖やす「秘訣」については、実際にお読みいただきたい(本の現物があったら地べたに叩き付けているトコロだ)。
 しかし、本の冒頭が「それにつけても金の欲しさよ」の話で始まっており、自分のセンスは(読者こそ少ないが)、さほど捨てたモノでは無い事がわかったので、なんとなく嬉しくはなる。

 お金持ちを目指すよりも、楽しく生きるセンスを身に付ける方が、幸せの早道なのかも知れない。