あやしい広告 微妙な商品

『実業之日本』広告で79万6千おまけ


 一冊の雑誌には、多数の「今」が詰め込まれている。現況を解説する・未来を予測する・過去を振り返る。時制が過去/未来を問わず、書き手の「今」抱えている意識が奥底深く隠れている。そして、「今」の読者に向けて送り出される。

 ビジネス誌は、「今、役に立つこと」―読者が求めるものかはさておき―を伝えるものだ。それゆえ古いものは顧みられなる事はない。
 50年も過ぎれば、歴史に名を残すわずかな者を除き、誌面を飾る名士は悉く忘れ去られる。無名人の言葉を有り難がる人はいない。過ぎ去った「最新の」の景気予測に何の意味があるか? 歴史になってしまった事象の概要なら、「今の人が書いた」ものを読んだ方が早いし間違いも少ない。そう思うのが普通の感覚だ。

 研究者・物好き・何の因果か課題として読まされる学生だけが、古雑誌記事の見出しに惹かれて読んでみて、「今と同じ」あるいは「今では考えられない」内容が記されている事に気付く。当時の「今」と読み手の「今」が接触して、初めて記事の「面白さ」(善し悪し)が感じられるのだ。知識があれば、より面白く(つまらなく)感じられるようになる。


昭和8年1月1日号

 昭和戦前の『実業之日本』も、そう云う雑誌である。時事や業界の見通しが解説されていても、政財界要人のコメントが載っていても、読み手に知識がないと活字の羅列も同然に過ぎない。
 と云うわけで、敬して遠ざけるのが無難なのだが、安かったからか、古本屋に買いたいモノがなかったからか、昭和8年1月1日号が自分の手許にある。
 広告だけが時代背景―当時の「今」―を吞み込んでなくても、その面白さを感じることが出来る。知らない方が、広告表現の面白さ、いかがわしさをストレートに味わえる気がする。単純に「古さ」を愛でるだけでも充分楽しい。

 巻末近くにあった広告だ。


 珍画
 写真
 珍本

 満足百%現品見本一円 目録十銭
 実物 八枚一組 一円五拾銭
 猟奇刺激の呂伴(註:なかま、みちづれの意) 一組 二円也
 再び得がたき絶品四冊 二円也

 東京市荒川区上尾久郵便局前粋弘社

 「エロ」を謳っているわけではないが、「エロ」に違いない確信はある(つまり主筆は『エロ』い)。しかし、現品が本当にエロいものなのか(実用性があるのか)は、お金を払ってみないとわからない。「裸の二人が肉と肉とをぶつけ合う」広告文句につられて送金したら、「相撲の取組写真」が送られてきた「伝説」は有名だ。
 掲載誌の値段は60銭。戦前の1円=2千円/3千円説に従えば、4千円5千円に近い。写真8枚では安い買い物とは云えない。「再び得がたき」が、欲しいけど次は無いモノか、二度と騙されない決意を抱くシロモノなのか、ドウとでも取れるのがミソだ。古本屋の目録にあれば買いたくなるが、良い値がつきそうである。

 これで終わりにすると手抜きにしか見えないので、同誌広告からもうひとつご紹介。


 妊娠? 否?
 受胎日速算器
 サンガース

  人体の妊娠可能の時期は、一ヶ月中で僅かに八日間しかありません。この時期が定期的に毎月廻って来るので、丁度月経と同じようであります。
 この時期以外に××が行われても妊娠は成立しないと云うことは、動かせない医学界の定説となって居ります。この学説により中山立三先生が苦心研究の末発表せられたのが、このサンガースであります。

 サンガースは円い三枚の目盛板から出来て居ります。これで最近にあった月経日を基点とし、回転すれば、妊娠する日と妊娠せぬ日とが、誰にでもすぐ分かるように自然出て来るようになっています。
 一家に一つなくてはならぬ品です。

 定価 (説明書ツキ) 金一円
 送料内地 二銭 領土十二銭
 御註文は、東京市京橋区銀座四、実業之日本社代理部(註:振替番号は略)へ御送金願います。

 こちらは何を売ろうとしているか明白である。受胎か避妊かの目的はさておき、「××」(性交)して妊娠確実な時期を教えてくれる計算盤だ(カレンダーに印をつければ用は足りるような気はするが、携行出来るのが良いのか?)。相手の協力がなければ無意味なのだが、売る方は知ったこっちゃあ無いのが面白いですね。

 受胎日速算器(計算盤)なんてモノがあった事だけで充分面白いのだが、商品名の「サンガース」ってどんな意味なのか、それがわかるとより味わい深くなる。アメリカの産児制限論者、サンガーの名前を引用しているのだ。
 『婦人家庭百科辞典』(三省堂より昭和12年刊/ちくま学芸文庫)を引く。

 サンガー
 米国の有名な産児制限論者。1914年以来産児制限運動を続け、世界各国を歴訪してその宣伝に努め、かつて我国にも来朝した。現に米国産児制限連盟会長で、「母性必知」その他多数の著がある。

 『戦前尖端語辞典』(平山亜佐子編著、山田参助絵・漫画、左右社)は、『英語から生れた新しい現代語辞典』(大正14年刊)から「サンガーイズム」を引いている。「産児制限主義。米人サンガー夫人が熱心に主張する故にいう」。サンガーの初来日が大正11(1922)年であるから、まさに新しい現代語だ。
 山室信一『モダン語の世界へ』(岩波新書)では、産児制限を現す新語として、「サンガる」、「B・C」、「バス・コン」が紹介されている。その思想に否定的な表現「産害(サンガー)婦人」、ことば遊びの例「ヤドガー婦人」(うちの宿六・ヤドが、と夫をやたら引き合いに出す婦人)にも触れられていて、当時、サンガーの名が知られていた事がわかる。

 その主張はどうだったのか?
 「家庭百科辞典」に戻る。「産児制限」は「バースコントロール」を見よ、とある。

 バースコントロール
 「バースコントロール」(産児調節)は、母性の健康と経済的能力に応じて出産を計画的にし、優良な子供を成育せしめることを目的とするものである。随って産児調節は、人間の自然的欲求である性生活を傷(そこ)なうことなく、妊娠を調節するものであって、世間の一部の人々が考え違いをしているように、妊娠したものを途中で中絶して胎児を闇から闇に葬り去る堕胎とは根本的に性質を異にするものである。(以下略)

 「貧乏人の子沢山」により母親・子供が悲惨な境遇にならぬようにしよう、と云う思想・活動なのだが、サンガー夫人が来日して10年以上経過していても、世間の一部では未だ「堕胎」と混同していると、項目執筆者の石本静枝(日本産児調節婦人同盟)は歎く。
 石本は「産児調節」を使っているが、項目の名称はカタカナ語だ。「産児制限(調整)」と云う、自然の摂理に棹差すような日本語に抵抗感を持つ人が多かったと云うことか。

 石本の解説は、堕胎との混同について、

 世の姦商が妊娠して出産を欲しない婦人の弱点につけ込んで、あたかも出産が中絶できるが如き触込みで無効な薬などを売出していたことも、大きな原因をなしている。

 と記し、「婦人に正しい性知識が欠けている」ことを指摘している。
 広告はアッケラカンとしたものだが、女性の生理に関わる商品の広告が、男性読者向け「ビジネス誌」に掲載されている事実には、目を留めておかねばならぬ。

 「兵器生活」のネタは、主筆が「今月の更新」を乗り越えるために、古本・古雑誌・紙クズから、その時の「面白そうだ」と云う感性で拾い出して来るものだ。自分が面白いと思うんだから、ひと様も面白いと思ってくれるだろう、と信じてやっている。
 しかし、面白さを感じていただくには、前提となる知識があるのも事実で、「文章が長い」、「ドコが面白いのか説明が下手」と思われて敬遠されるのも仕方がないと思っている。

 歴史読み物を数多く読んでいると、人物・出来事・時代背景やモノの考え方に至るまで、「お馴染みさん」ができてきて、本を読んだ時、「マタお前か!」と云ってしまうことがある。自分の信条とは相容れぬ「お馴染みさん」も、二、三人はいるが、それが意外な文中に出て来ると、「アンタこんなトコまで…!」とかえって嬉しくなるのが自分でも可笑しい。本来の意味ではないのは承知の上だが、「有朋自遠方来 不亦楽乎」(『論語』学而)を強く感じる。

(おまけのおまけ)
 「実業之日本社 オンデマンド復刊プロジェクト」の存在を知る。