内閣交替が希望をもたらす時もあった

帝国万歳・内閣万歳で80万9千7百おまけ


 選挙権を得て以来、日本共産党に票を投じてムダにし続けている。しかし、例の民主党が政権を取れるんぢゃあないかと云われた(そして獲った)時だけは、日頃の信条にフタをして、政権交代に貢献した。それから10何年、「今では後悔している」。
 その時、共産党に入れたところで、政権交代も震災も原発事故も安倍政権の栄耀も避けられなかっただろうとは思っている(でも、消費税アップはドーにかならなかったのかと)。

 再生外骨(宮武外骨)主筆の雑誌、『面白半分』の記事を紹介する。


表紙

 「進歩の究極は統一なり」と題されたコラムだ。
 内容は、代議士も官僚もロクなヤツしかいない、と云う諦めの表出。それを外骨流の厭味で飾ったモノである。建設的なものではないが、文章は面白い。

 短いので全文掲載するが、例によってタテのものをヨコにし、句点だけなので適宜読点に改めてある。外骨文章の面白さを半分くらい担保する(見た目の楽しさを演出している)傍点、傍丸(ナンテ用語はあるのか?)はバッサリ落とす。ただし、「○は太字」、「●は太字赤文字」、「傍点は太字斜体フォント大きめ」として、本文から目立つようにはした。
 昭和4年7月発行の雑誌だ。10年待たずに、国会図書館のデジタル資料で誌面がそのまま読めるヨーになるだろう。それなのに、テキスト化せざるを得ぬほどネタが無い(涙)。読んでつまらなかったら、主筆(外骨ではなく、ワタクシ『兵器生活』管理人)のせいである。


・進歩の究極は統一なり
 帝国万歳…内閣万歳

 三十年ほど前には、内閣の組織が変わると、人心新たなりで、国民は後継内閣に何等かの期待を持ッて喜んだものだが、今は政友会内閣が倒れても、それに代わるものは民政党内閣であるから、が退いてが出ると同様、どうせロクな事はない。何べん変わっても変わり栄えはせぬ、交々勝手な事をするだけだ と、国民は内閣の更迭などに我不関焉となッた。

 我輩はこれを政治界の進歩と見るのである。総て何事でも、進歩の究極は統一であらねばならぬ。
 昔は士農工商の服装に差別があったが、今は大臣も百姓も同じ洋服を着るように成った。昔は同じ日本人でも、薩摩人と奥州人とは対談が出来なかったが、今は外国人とでも自由に話を仕得るように成った。斯く服装でも言語でも統一されるのが社会の進歩である。昔は貴族富豪の専用であった自転車自動車などが、今は各地に普及して、死体運搬、糞尿運搬にも使用されるようになったのは進歩である。
 故に内閣の大臣に成る者が、何度変わっても、皆同じような根性で、同じような悪事を働くのは、これも進歩の究極で、其統一を示して居るのである。

 多い役人でも 「あれは正直な男だ」といわれる者が、百人中に一人か二人あっては統一を欠く。ヤハリ百人が百人、悉くが官職を利用して賄賂を取ったり、儲け仕事をせねば進歩とはいえない。そこになると、今の衆議院議員などは徹底的に統一されて居る。口には国利民福を説いても、内実は皆党利私福を計る連中ばかりではないか。能くも斯く揃ったものだと、我輩は常々感心して居るのである。其徒党が内閣を組織して居るので、ヤハリ統一の原則を脱しない。

 進歩進歩!帝国万歳、内閣万歳

 30年前は、内閣交替に、希望があったと云う。
 昭和4年の30年前、明治32年1899年は、日清戦争と日露戦争の間である。当時の総理大臣は山県有朋(1898年11月〜1900年10月)。前任を遡ってみると、下の表のとおり大隈重信、伊藤博文、松方正義となる。なるほど、1898年は首相が短期間に替わっていて、何かやりそうな期待が持たれた時期っぽい。

名前  就任  退任
 山県有朋  1898年11月  1900年10月
 大隈重信  1898年6月  1898年11月
 伊藤博文  1898年1月  1898年6月
 松方正義  1896年9月  1898年1月

 しかし、その頃の政局を語れる知識は無いし、説かれたトコロで読者諸氏も理解は出来ないだろうから、潔く略す。
 その後、「大正デモクラシー(大正政変)」を経て、ようやく実現した普通選挙(選挙権は男子のみ)と、その成果である政友会・民政党の二大政党政治が、外骨に云わせれば、「狐が退いて狸が出る」呼ばわりなのだ。
 なぜ?

 宮武外骨は、「政界廓清」「選挙違反告発」を標榜して、」大正4年第12回、6年の第13回の選挙に立候補し、当人の予想通り落選している。自らを道化とし、選挙活動に身を置いてみて、尋常な方法(選挙―所信の是非を問うこと)では、世が改まらない事を実感している人と云える。
 さりとて、日露講和反対・米騒動のような大衆の騒擾(政府に対する異議申し立て)は、烏合の衆として官憲に蹴散らされてしまう。
 外骨は大正7年8月に、「米価暴騰問題に付市民諸氏に御相談仕度候」の新聞広告を出し、市民集会を企図したが、警察から集会禁止を言い渡されてしまう。ところが集会中止広告の掲載は、当局への反抗を引き起こす―「その筋の達しにより中止」と書くだろうから―ものとして許可されない。事情を知らず日比谷公園音楽堂に集まった東京市民は、発起人外骨が不在(警察から禁足命令が出ていた)のため混乱、一部が暴徒化して、一夜の間、帝都各地に騒擾を引き起こしたと云う。沈静後、外骨は起訴されるが、集会届を出していたため無罪となっている。
 前衛党が大衆をうまく使ったロシア流の革命は、日本では起こさせまいとする治安維持法の成立、昭和3年3月の共産党員等の一斉検挙、治安維持法の改正/改悪で、みごと封殺され、期待のしようが無い(敗戦を経て、天皇の代替わりがあっても、左翼政権の樹立は無い)。
 日本の政治を良くする機会は無い。万歳!とは「お手上げ」の意味である。
 外骨がコウであれば、世の一般大衆はなおさら無力である。そこに「軍部」―「青年将校」と奉じる主義主張―が伸びてくる余地があるわけだ。

 「進歩の究極は統一」と云う考え方は、ファシズムに親和性がある。外骨の思惑とは別に、帝国日本は、「国体の本義」、「臣民の道」と国民思想の統制に乗り出し、国民思想を統一させたと云える。その先が支那事変、大東亜戦争に帝国崩壊だから、「進歩=統一」が「命題」なのかは判定出来ぬ。

 堅い話はこれくらいにして、外骨の厭味文の観賞に移りたい。
 士農工商時代の服装差別が、今では大臣・百姓も同じ洋服、は軽いトコロだ。「貴族富豪の専用であった」自転車自動車が、「死体運搬(霊柩車)、糞尿運搬(当時バキュームカーは無く、肥桶を積んでいく)にも使用されるようになった」ことを「進歩」と云い切っている。貴族富豪と死体糞尿は対になっていて、貴族富豪(上級国民)と威張っていても、最後は死体、生きてるうちは糞尿を垂れ流す、タダの人間(ケダモノ)じゃあねェかとコキ下ろしている。

 外骨サンは、東京遊学から郷里に戻った明治16年(当時16歳)、雑誌創刊資金とするはずの3百円もの大金で自転車を、神戸の外人居留地で買い求め、高松の町で乗り回している(お金は親から出してもらってる)。自転車が「今日のスーパーカー以上の希少価値と前衛性を持つ高価な乗物だった」(吉野孝雄『宮武外骨』)時代を体験しているひとが、コンナことを書く。面白い。
 その自転車は、タイヤのゴムが損耗してしまい、神戸に持ち込んで80円で売り払ったと云う。

(おまけのおまけ)
 コラムでは、世の中が統一に向かうことが進歩と謳われている。
 買い物のため外に出て、あちこちの商店を廻っていたのが、スーパーマーケット・コンビニエンスストア一軒で済ませられる。外にも出ず、パソコン・スマートフォンの通信販売サイトから注文を入れ配送を待つ。人間、動き回らない方向に統一されつつある、と云えなくはない。

 しかし、正社員・派遣社員の所得や、高等教育を受ける機会の格差の拡大の報道記事(の見出し)にふれると、社会は統一より上下の分離が進んでいるように思う。世の中は、進歩ではなく後退しているのではないか?
 行動・思想の統一は、合理化・効率化をもたらすが、停滞・固縛に転じて、環境変化に対応出来ず、滅びに至る道に続いている気がしてならぬ。