趣味と実利と研究に

「レッテルの見本を頒布する会」で81万1千おまけ


 呑み屋カウンター奥の棚に、いろんな日本酒・焼酎の一升瓶を並べてあるのを見る。
 よく呑んでる銘柄、ご高名だけは伺っている(けど呑んだことのない)お酒もあるが、殆どは見たことも聞いたこともない―店主が取り寄せたモノだから、酒好きには知られているはずの―銘柄である。お酒を呑むのは好きだが、家では呑まないので、酒屋で買うことがなく銘柄を覚えるモチベーションが低い。次のために名前を覚えよう、とも思わないので、知ってる銘柄はあまり増えて行かない。
 瓶の大きさカタチは同じなのに、貼られているラベルは千差万別だ。墨痕鮮やか、力強く銘を謳い上げるものがあれば、帳面かレター・セットにした方が、絵が喜ぶんぢゃあないかと思う、オシャレなものを見ることもある。
 色とりどりのラベルは、お酒に限った話ではない。商品として流通していて、使って中身がなくなるモノには、他のモノと識別するため、何かしらのラベル―容器に直接印刷されたものも少なくない―がついている。

 「レッテル」と云う言葉がある。
 単体で使われることは殆ど無く、「レッテルを貼る」と云う慣用句で見る。その行為が、一方的な価値の決めつけを示すものなので、遠からず禁忌語・死語になっていくのではないか。
 ネット検索すると、オランダ語の由。「文字、商品名・商標・効能・発売元などを記して商品にはりつけた紙片。ラベル」。モノの名前・性質など文字に記し自他に伝えるための紙切れだ。現物と一緒にしないと用をなさないから「貼り付ける」。
 紙切れ(レッテル・ラベル)は言葉を伝える手段であるから、現品に直接書き込んでもかまわない。箱や缶に直接文字を印刷したり、文字のあるフィルム(膜)を巻き付ける場合は、別なモノ―「パッケージ」と呼ばれている。

 骨董市でチラシの類をいくつか買う。印刷会社からのモノが数枚セットになったものがあって、その一枚がこれだ。


会員大募集

 趣味と実利と研究に
 三友社のレッテルの見本を頒布する会
 会員大募集

 和洋酒、醤油、清涼飲料、乳酸飲料、シロップ、調味料、缶詰、食料品のレッテル印刷として 内地全土は勿論 鮮満支南洋に迄で取引を有する三友社の印刷せる 優秀なレッテル包装類を 毎月数十種宛撰定頒布し以て趣味の蒐集として図案の研究材料として業界の発展に寄与し 又各種実業学校等に於ては 教授用参考資料研究材料としての便宜に供せんとするもので有ります

 会費 一ヶ年 金五円也(毎月の送料共)
 第一回会員の特典としての奉仕
 一、今回入会のお方様に限りレッテル類蒐集貼付用豪華アルバム一冊宛進呈
 二、会員に限り新規製品に又は図案改良等の場合 弊社専属図案家をして実費を以て特に入念に立案調製せしむ
 三、会員に限り印刷等を御希望のお方には特別の価格を以て奉仕的にお引請け致します
 四、会員中に意匠登録、商標登録出願の場合には 特に豊富なる経験を有する専門家に依嘱斡旋致します
 五、会員には随時三友社の商報 新発売品新製品見本を提供す

 申込方法は!!
 会費一ヶ年分金五円也を 振替名古屋二二四五八番三友社口座に 商標頒布会費として住所氏名明瞭に記載の上御申込下さい 直ちに其の月よりの頒布分と豪華アルバムをお送り致します
 所定の会員数に達したる時は 直ちに締切致しますからお早く今直ちにお申込み下さい

 三友社の商標類頒布会
 名古屋市東区東新町交差点
 電話東三三七五番
 振替名古屋二二四五八番

 レッテル(ラベル)見本の頒布サービスの広告だ。
 骨董市、古書市に行くと、酒や缶詰のラベルが単体(容器に貼られる前の状態)で売られているのを見る。製造・販売元が資産の除却か廃業の際、古物として流れたものと認識していたのだが、サンプル頒布組織があったとなると、研究家・収集家のコレクション散逸のセンもあると云う事になる。世間の見方がひとつ増えて嬉しい。しかし、「印刷屋のサンプル」となると、ラベルにある銘柄の実在を疑わねばならぬ話にならないか? イヤ、わざわざ印刷サンプルとして、架空の商標を作る手間なんかかけないだろう、と余計な悩みが出てしまう。知らない方が幸せだったのか…。


酒銘と店名を印刷すれば直ぐに間に合う仕置レッテル

 メーカーが乱立し、覇権を競う。ブランドの数だけラベルの種類がある。優勝劣敗淘汰が進むと会社の数も、銘柄の種類も絞られてくる。残ったブランドの販売数は増えるから、ラベルの印刷総数自体は減らないが、種類が少なくなると、図案家(デザイナー)の出番が減ることになり、印刷会社としてはデザイン機能の維持を考えねばならなくなってくる。そう考えていくと、「レッテルの見本を頒布する会」は巧いトコロに目を付けたものだ。
 「趣味」とあるから、マニア・コレクターがいたのだろう。「実利」はカタログ・サンプルとしての利用だ。個人の趣味ならともかく、ラベル印刷まで自社でやるメーカーは、世の中そう多くはあるまい。「研究」は、デザイン学校の教材に使うだけでなく、道楽で集めたラベルのデザインを分類したり、解釈したり、商売を有利にする、目立つ・好感度のあるラベルを考えることにもつながる。例えばお酒ラベルの意匠を流用・応用する。商品ラベルの図版を、商品宣伝・ファンサービスの一環で、Tシャツやバッグに転用したものを、街中で見ることは珍しくない。

 宣伝文句が大仰で古めかしいのが微笑ましい。実利を思うと、質実剛健な文章にならざるを得ないか。「豪華アルバム」、「入念に立案調製」、「特に豊富なる経験」、実際はソーでも無かった可能性が否定できないトコロが良いです。文末が文語口語ごっちゃになっているのも手作り感があって好感が持てる。

 会員があったのかドーか。興味は尽きないが、こう云う試みがあった、の紹介に留める。

(おまけのおまけ)
 上に挙げた、「酒銘と店名を印刷すれば直ぐに間に合う仕置レッテル」(呑み屋の店先に書いてあった『今夜間に合う金玉料理』みたい)の図は、「三友社の商報」(昭和13年10月号)より。「試みに御売の時に」、「特別の品をお売の時に」、「急にレッテルの御入用の時に」お役に立ちます、と云う。

 同じ商報には、こんな図もある。


 資源愛護時代には
 一時に大量印刷せらるるよりも国策線に沿って
 三友社の仕入レッテルを御利用下さい
 種類数百種有り 百枚以上御用命を承ります

 これは商品名だけ印刷されていて、貼るだけになったもの。製造者・販売者名の表記は、上に重ねるのだろうか。昭和13年10月だから、支那事変勃発から1年3ヶ月弱。この時点で「資源愛護」が叫ばれていることに呆れる。
 100枚以上から、と云うことは、一度に100本出来れば充分な零細業者(家内制手工業の世界だなぁ)も、少なくなかったと云うことか。ひと月に千アクセスも無い、わが「兵器生活」みたいである。
(おまけの余談)
 店に一升瓶をズラリと並べてあっても、品書きに並べてある銘柄が載ってないトコロもあったりする。瓶が並べてあるのを見て、そこに入ろうと思ったことは無いから(店構えと、外に出してある品書きを見て、入るかドーか決める)、騙された! なんて思わないけれど、売り物でもない酒瓶―空瓶である―を並べて楽しいんだろーか、とは思う。高級旅館のロビーの壁一面に、古本を並べているヨーなものか。


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